バスタブ
ヘマタイト
1
ラーモン王は、上質な砂糖の大量生産で莫大な富を築いた人間の王だ。砂糖と富はいずれも人間のみならず人外にも価値があるという。ラーモン王の軍にはエルフやドワーフ、獣人といった人外の傭兵もいるらしい。人外の種族の生物について十分な情報が人間にはない中、他の人間の王が彼を敵に戦となれば全てを奪われるだけだった。ラーモン王が人間唯一の統治者となるのは時間の問題だと言われていた。
「アダム、俺に明日はない。・・・ここまで付いてきてくれて、ありがとうな」
ギレー団長が微笑む。篝火に照らされた壮年の騎士の横顔にあるのは諦念。月も星もない暗闇。私達の王は、残念だがラーモン王ではなかった。ラーモン王に戦の口実を与えた、愚かな王。私は、王に仕えているのではない。
「私はあなたと供に戦う、それだけです」
孤児となり奴隷として売られていた幼い私を買い、人として育ててくれた。人間でありながら人間として扱われることのない、ヘマタイト人の私を。密林を転々と移動する狩猟部族は、珍しさから人買いに蹂躙された。ヘマタイト人の外見的特徴である褐色の肌と灰色の瞳は、他の人種とはあまりにかけ離れている。奴隷だった頃の私は「悪魔」として見世物となることもあった。それが良いのだと団長は言った。俺の団に悪魔がいる。最高じゃないか。
「俺と心中しようなんて馬鹿なことは考えるな。今や本当に悪魔の名を欲しいままにしたお前だ」
私は団長の指導のもとその背を追い、追い越し、今や人を殺す能力にかけては軍の誰よりも勝っていた。
「俺に明日はなくても、お前にはあるかも知れん」
森から、轟たる地響きがしている。私は答えなかった。その時が来るならば、供にすると決めている。私達の軍は丘の上にいた。遠くに見える森の端から、その軍勢が現れるのを見た。
戦は劣勢を極めた。ギレー団長はもういない。愛馬も失い、仲間の骸の中、赤とも黒ともつかぬ血を浴び剣を振る。私は異形の兵士に囲まれていた。矢が刺さり、痛みに呻く。身体が痺れ、眼が翳んだ。勝算などない。剣を構えるのは意地でしかなかった。
戦場に場違いな、可愛らしい子どもの声がした。
私を囲む敵の気配が遠のく。足の力を失い跪く私の前に、何者かが立っている。
2
私達の軍は大敗を喫した。国は滅び、土地は砂糖黍畑にでもなるのだろう。
部屋は暗く、蝋燭の灯りが室内、主に私の傍を照らしている。私を生かした子どもはノアと名乗った。人間であれば10歳程度にしか見えない姿ながら、六百年以上生きている吸血鬼だと言う。気を失っている間に鎧は奪われ血も拭われたようで、私は裸で寝台に横たえられていた。
「君はすごくいい匂いがするから、僕の奴隷として生かしたの」
寝台に乗り上げ私に顔を近づけた子ども、ノアが微笑んだ。黒い瞳に、赤い宝石の粉が散っているような不思議な瞳が細められる。大きな瞳を長い睫が飾り、陶器のような肌に僅かな産毛が見えた。人形のように美しく愛らしい貌の造形。肩まである癖のない艶やかな黒髪を揺らして、横たわる私の首元に顔を埋めた。指も口も動かすことのできない私は、されるがままにするほかにない。まさか自分が人外の玩具になるとは想像していなかった。血を吸われるということは、苦しみを伴うのだろうか。
「まだ少しエルフの痺れ薬の匂いがする。もう少し、眠って」
咬まれると思ったが、ノアはそう言って身体を離した。ひんやりとした小さな手が額に触れる。眠気に襲われ、瞼が重くなった。
次に目を覚ました時には、動けるようになっていた。寝台に腰を掛ける。足首には枷がされていた。3メートルもない鎖で床の金具に繋がれている。試しに少し引いてみるが、見た目通り、簡単に壊れるようなものでないのは明らかだった。
部屋の大きさも正確には分からなかった。寝台の周りが蝋燭の灯りに照らされている他は、闇に覆われている。
後ろを振り返ると横たわるノアがこちらを見ていた。びくりと身体が強張る。まるで気配を感じなかった。ふふ、と笑う。怖いかと問われ、正直に頷いた。
「気分はどう?」
白い手で身体を支え、ノアが身体を少し起こす。寝間着らしい、光沢のある黒く薄い布の服を着ている。この世のものとは思えないほどに美しい。
「・・・悪くない」
答えれば、よかった、と言う。
「傷は?痛くない?」
言われて気づく。先の戦での傷も跡こそ残ったようだが既に痛みはない。ひた、と脇腹に手が触れる。背後から抱き着くように、ノアが私に密着していた。ノアの黒髪が肌を撫でるのを感じる。私の髪も黒いが明らかに似て非なるものだ。そんな場違いなことを考えていると、ノアが言った。
「血を吸わせて」
私に拒否権などなく、私がものを言うより先に首筋を咬まれていた。
3
吸血鬼に血を吸われるということは、ある種の拷問を受けることに等しかった。
「おいしい・・・。今まで飲んだどんな血よりもずっと」
うっとりと呟いて、ちゅ、ちゅく、と肉の裂け目から溢れる血を吸っている。後ろ手に拘束され、口にも枷をされた私は、獣のように唸ることしかできない。
「いい子、いい子、我慢して・・・」
人外らしい異様な力で人間の中でも極めて体躯の良い私を抑え込み、耳に甘い声を吹き込む。
「ちゃんと、さいごにきもちよくさせてあげるから」
私はだらだらと涎を垂らす。気が狂うようだった。ノアが私の肉に牙を立ててすぐ、私の性器は勃起した。どんな生き物でも性的に興奮しているときの血が一番美味しい。そのため、吸血鬼の牙には生き物を興奮させる作用があるのだと、ノアは説明した。また、直接触れられなければ射精には至れないのだとも。長い時間、私は生殺しの状態となっている。あまりの苦しさにそう感じるだけで実際には僅か数十分しか経過していないのかも知れなかった。
「ごちそうさま」
ノアがそう口にした頃には、私は唸ることもできなくなっていた。ノアが私の性器に手を触れる。腰が痙攣するほど気持ちがいい。
「なでなで、きもちいいね・・・」
私の性器を擦りながらノアが微笑む。私は短く息を吐き、首を仰け反らせて耐える。なぜ耐えているのか自分でもわからない。もう我慢しなくていいのに、とノアが言う。
「ごほうびになめてあげる」
言葉が理解できず、驚くより先に感覚がくる。先端を、あたたかい粘膜に包まれた。とろりとした液体の中で、やわらかい肉に擦られる。私は思わず腰を上げ、ノアの口の中に射精した。
「・・・ん、」
性器を咥えるノアは瞳を閉じ、小さく喉を鳴らす。私は身体を弛緩させる。ぼんやりしているとノアが手首と口の拘束を解いたが、とてもじゃないが動く気にはなれなかった。
「ごめんなさい・・・」
ノアはそう言って少し泣いた。
「・・・どうして泣く」
思わず口にした。ノアは驚いて目を見開く。
「無事なの?」
「無事?・・・起き上がれない。腹も減ってる。血も吸われて、君の奴隷は餓死寸前なのでは」
瞼を閉じる。そういえば何日食ってないんだ。考えると余計腹が減った。しゃくりあげる音に目をやれば、ノアがぼろぼろと本格的に泣いていた。
「ノアがお腹いっぱいまで血を吸うと、皆心が壊れちゃうの・・・、ノア、は、普通の、吸血鬼じゃないから・・・・・・」
なるほどある種の腹上死。廃人になった自分を想像するといい気はしないが、まだまともな死に方に思われた。お腹いっぱいまで吸わなければいいのでは、とも。
「ねぇ、名前を教えて」
思いがけない問いに、思わず笑ってしまった。
4
吸血鬼にとって食事は、睡眠欲を退けるものです。成長が止まった後不老となる吸血鬼にとって、食事は生きるためではなく意識を保つために必要なものです。不死ではないため、あまりないことですが長期にわたって食事を摂らない場合は、安全な場所で眠る必要があります。
吸血鬼の死因は一つです。日光を全身に浴びての火傷。少しの日光であればいずれ治る小さな火傷で済みますが、全身に火傷を負えば回復することなく息絶えてしまいます。
吸血鬼は他のどんな種よりも夜目が効き、また俊敏です。気配を消すのも得意。だから吸血鬼は暗殺を生業にする者が多い。そんな吸血鬼の能力の高さは、成長が止まる遅さで決まります。
現王は90年以上成長し、今も少しずつ成長していると言います。一度能力を使えば、見える者はいないそうです。
僕の故郷で、僕は僕より若い姿で成長の止まった吸血鬼を知りません。
僕以外の吸血鬼は、餌が死に至るまで一息に血を吸うことができます。餌は、死の直前に絶頂し、天国へ行くと言われています。気に入った餌であれば一度に吸う血の量を調整して長期にわたって生かします。
僕は一息には中途半端な量しか血が吸えず、一度吸ってしまうと満足するまで吸うのをやめられない。餌は動物でもエルフでも人間でも、何を好んでも良いとされていますが、僕のような吸い方は、よほど拷問の場でしかあり得ません。廃人にしてしまっては、拷問ですらない。吸血鬼にとって食事の作法は絶対です。僕は罪人として故郷を追放されました。
カナン王は人間の王ですが、そんな僕を拾ってくれました。故郷では役立たずの僕ですが、他の種族相手であれば能力を活かすことができます。王の元に身を寄せる人外は、僕のように理由があって故郷にはいられない者です。王は、人間が他種族に劣ることを誰よりも知っているため、そちらには決して手を出すことはありません。代を重ね、ラーモン王が統べている現在においてもそれは変わらず、寧ろ厄介者を流す場として認知され、利用されているということでした。
僕は夜の戦場で人間を物色するのが好きでした。僕にとって人間の血は、どんな動物の血より、どんな種族の血より美味しい。アダムは、その中でも別格でした。
この国でアダムは、戦士ではなく農民として暮らすことになりました。軍部は体術など能力の高い人間を重用していて、例に漏れずアダムを望んだようですが、敬愛する師を死に至らしめた軍にはどうしても所属できないとはっきり断られ、諦めたと聞いています。
人間の中で異端だというアダムも、外見も能力も他種多様なこの国では馴染んでいるようです。
5
僕が美味しい血を飲み続けるために、アダムには健康でいてもらわなければなりませんでした。僕はアダムの足枷を外しましたが、アダムを逃がすつもりはありませんでした。この国では、人間が出国するには相応の手続きを要します。吸血鬼の僕にとって国の領内の人間をひとり、探して捕まえるのは簡単です。
足枷を外した後も、アダムは僕から逃げることはありませんでした。毎週、自主的に会いに来てくれます。健康的な暮らしをするアダムの血は、週を重ねるごとに美味しくなっているように思われました。ヘマタイト人は人間の中でも身体が大きい種らしく、アダムは身長が193センチあります。普通の人間に比べて血の量も多いに違いないです。牙による快楽にも耐性がついて、舌を噛むことはないので口の枷も外しています。アダムには言いませんが、いやらしい声を聞きながら飲む血はとても美味しい。血を啜られながら耐えるアダムは、かわいそうで、かわいいです。
「ッ、ぁ、・・・は、ノア、早く吸ってくれ・・・・・・」
不思議なほど、アダムは健気でした。
「・・・ね、もっと名前を呼んで」
アダムは身体も顔もいい。年齢の割に大人びています。女遊びは趣味じゃないと言っていますが、軍に所属していた頃は女性から引く手数多で、遊びでない女は何人かいたようでした。
「ノア、・・・はっ、ぁ・・・ノア・・・・・・」
アダムのこんな顔を知っているのは僕だけでしょう。知れば知るほど、好ましく思われました。
アダムは食事もしっかり摂っているようで、僕がアダムの血を吸った後も動けなくなるほど消耗することはなくなりました。僕の身体をさわりたいというアダムに、僕はそれを許すようにもなっていました。
「・・・舐めたい」
アダムが僕の性器を弄びながら、低い声で囁きました。身体が震えて、期待に瞳が潤む。僕はアダムに触られるようになってから、形だけだと思っていた自分の性器が性的な感覚を持っていることを初めて知りました。
「ぅん、なめて、なめてぇ・・・・・・」
アダムが笑って、僕の性器に舌を這わせる。先端から溢れた汁を舐め取って、口に含みました。
「ふ、ぅ、ぁ・・・」
ぴくぴく震えてしまいます。きもちいい。ちゅくちゅくと口の中で優しく吸うように唾液と粘膜に揉まれて、僕は嬌声をあげる。膨らんでも小さな僕の性器は、すぐに射精してしまいました。
「ぁ、ぅ・・・きもちぃ・・・・・・あだむ・・・」
アダムは唾液と僕の精液を自分の掌に出しました。僕の性器を少し撫でて、お尻の合わせに指を這わす。ねばついた温かい液を纏った指が、穴をなぞる。
「なに・・・?ゃだ・・・」
恥ずかしい。アダムの指からお尻を逃がそうとする僕に、アダムが言う。
「ノア、もっと美味い血が飲めると言ったら?」
悪いようにはしない、と耳に吹き込まれて、僕はアダムに身体を委ねました。
6
アダムは毎週少しずつ、僕の様子を見ながらお尻をさわりました。今ではアダムの指が4本くらい、根元まで入るみたいです。お尻の中には触られると性器が気持ちよくなるところがあって、性器を触られなくても、お尻だけで射精してしまいます。我慢しても、一緒に乳首を舐められたりするとひとたまりもありません。
アダムのいない日には一人で自分の身体をさわり、アダムに会う前にお尻を潤滑油で解すことも覚えました。
「ノア、今日は指を咬んで」
僕の服を丁寧に脱がせて、アダムが言います。溢れる血液量が多いため、吸血鬼が最も好む部位は頸部に違いないですが、牙で肉を裂いて血が吸えれば良いので、指でも構いませんでした。どうしたんだろうとは思いましたが、数日ぶりのアダムの血に飢えた僕は、差し出されたひとさし指の側面に喜んで牙を立てる。アダムの性器は勃起して、美味しそうな先走りを垂らしていました。血を吸う僕もまた、当然のように食事に付随するようになった、いやらしい遊びへの期待に興奮しています。僕に覆いかぶさるアダムが、僕の性器に自身の性器を擦りつけました。もどかしい快感にじれされるのを楽しんでいると、アダムが入れてもいいかと聞きます。アダムのしたいことならと、意味もわからずに頷きました。
「ひゃ、ぁ、ぁひ・・・っ」
くちゅちゅ、と音を立てて、一息に、アダムの大きな性器が僕のお尻の穴を埋める。
「っ、は・・・・・・」
アダムの汗が、ぽた、と敷布に落ちる。ゆっくりと腰を引く動き。僕は耐えきれずアダムの身体に腕をまわしました。ぱちゅっぱちゅ、と結合部が音を鳴らす。僕は血を吸うことも忘れ、泣いて喘ぐことしかできません。暫くそうした後に、息も絶え絶えな僕を見下ろしてアダムが言いました。
「かわいい・・・気持ちよさそうで何より」
お腹が自分の精液でどろどろでした。アダムの性器はまだ僕の中で硬度を保っています。アダムの手にくちゅくちゅと擦られて、僕は腰を揺らす。
「ふ、ぁ、ぁ・・・っ」
乳首を指でふにふにされて、また射精してしまいました。
「っは、ぁ、・・・・・・いい子だから、我慢してる」
褒美をくれよ。そう言って熱のこもった灰色の目で僕を見る。アダム、と名前を呼ぶ声は擦れてしまいました。すき、という言葉は吐く息が弱すぎて、音にもなりませんでしたが、アダムは嬉しそうでした。
アダムは精液まみれの僕を濡れた布で拭いてくれていました。背徳的だ、と呟く。僕はそれが、僕の外見のことを言っているのだとすぐにわかりました。頬が熱くなる。
「気にしてるのに」
アダムの逞しい胸に顔を埋める。
「人間の倫理なら罪だ」
「25歳4カ月の子どものくせに」
驚いたアダムに吸血鬼は血を吸えばその生き物の年齢がわかるのだと教えると、アダムは自分の年齢を知らなかったので驚いたのだと言いました。思っていたより若かったのか、と面白いことを言っています。知ったところで何もない、とも。僕にとっても生き物の年齢はあまり関係のないことです。
「若い血も、熟した血も、美味しい・・・でも」
でも。僕は考えてしまう。鼻の奥が痛くなる。
「ふ、ぅ・・・っ死んじゃうぅ・・・」
アダムは今から泣くなと呆れて笑い、しゃくり泣く僕を抱きしめました。