バスタブ
永久の檻
1
「これは何の木?」
樫だよ、と祖父が言う。樫の木の林を進んでいく。少年は祖父の手をしっかりと握った。少し湿った土を踏み、緩い斜面を登っていく。苔の匂いがしている。虫を見つけて喜び、不思議な形の枝を拾う。昼食をとって、また進む。少し雰囲気が変わったように感じ、少年はきょろきょろと視線をさまよわせた。
「樫の木の林を抜けたんだ。山は、高さで生えている木が違う。気温によって、グラデーションになる。ここからは、殆どぶなと楢だ。これはぶなの木、こっちは楢の木」
大きな木を1本ずつ指して、祖父が言った。走り寄って、灰色の滑らかな木肌をじっと見つめた。大きな白い斑がある。北山丞(きたやまたすく)はその小さな手で触れた。
「ぶな!」
祖父を仰ぎ見る。目尻の皺が深くなって、強面のいかつい顔が優しく綻ぶ。幼い丞は嬉しくなって、その隣の木に触れた。
「なら!」
更にその隣の木に走る。深い溝があるごつごつした木肌。先の木と同じく、爪で掻くと剥がれる。
「なら!」
おおっ、と祖父がわざとらしく驚いて見せた。丞は自信に満ちた顔。祖父の手がわしわしと、丞の耳を隠す黒い髪を撫でた。
「正解!わしの孫は賢いなぁ!」
丞は甘えるように、大きな長靴を履いた右足に抱き着く。手を取られ、再び並んで歩きだした。
「今日はもう遅いから、帰ろう。夜の山は危ない、山犬が出る。松の木が群生する高さまで行けば、社があるんだがね・・・」
「やしろ?」
祖父が頷く。
「社というのは、神様を奉るために人が作った建物だよ。この山には、北山家のご先祖様が建てた社がある」
「また、じぃじの山に連れて来てくれる?やしろ、見せてくれる?」
丞が問えば、祖父は勿論だと笑った。
丞は白い菊を手に取る。眠る祖父の耳元に挿した。棺に使われたのは何の木だろう。丞は思う。ぼろぼろと、涙が溢れて止まらない。
2
「丞、部屋に戻っていなさい」
座敷の襖の前で、父が言った。座敷には、地主の祖父の様々な遺産を分けるために、親戚が集まっている。祖父が倒れてからも、父は表情を崩さない。
「・・・どうした、丞、言うことを聞いてくれ」
動こうとしない丞に、困惑している。彼には、息子の考えていることがわからなかった。仕事が忙しく、話をすることもあまりない。成績は良く、静かな子どもだ。友達が少ないのか、祖父の部屋にばかり入り浸っていると家政婦から聞いていた。9歳の幼い丞の身の回りの世話は、全て家政婦に任せている。
「お爺ちゃんの部屋にいても、いいですか?」
暫く禁止されていたことだ。権利証などをあらためるために、弁護士達が出入りし、作業をしていた。父は腕を組む。
「・・・散らかすんじゃないぞ」
はい、と丞は返事をした。背を向けて襖を締めた父を寂しく見送る。
丞は祖父の部屋に入った。臙脂色のカーテンを開け、薄暗い部屋に光を入れる。雪が降り、庭に積もっていた。
祖父の本棚を探す。アマチュアだったが、この地の民俗風習の研究者でもあった祖父。丞には縁遠いものであったが、物語集を生前の祖父に時々読んでもらっていた。古文体で書かれたその昔話は、まだ10歳の丞には読めない。
お気に入りの、山犬の話がある。挿絵が好きだった。人よりも大きなその犬は、細やかで美しい筆致で雄壮に描かれる。
本を見つけた。その背に指を掛けて、棚から抜く。何かが、本から落ちた。封筒が1つ。祖父から丞宛の手紙だった。金属の小枝のような物も入っていた。小指が入る程の丸い輪がついていて、チェーンが通っている。ネックレスのようだ。
丞は、手紙を開く。
丞へ
私の自慢の社へ一緒に行きたかった。約束を守れなかったことが心残りです。
困ったことがあったら、社へ行きなさい。神様が助けてくれます。丞は大きくなったので、私は心配していません。
じぃじより
手書きの地図が描かれている。
3
チェーンを首にかけて、シャツの下に隠す。古書の類は売ると父は言っていた。この一冊だけならば、譲って貰えるだろうか。
丞の足は、父達が話をしている座敷に向かった。襖の前で固まる。大人達が激しく言い合いをする声が聞こえる。
「私達も困っているの、あの山はこの開発業者に管理を委託して、運用してもらいましょうよ」
「うーん。この業者は良い噂を聞かないよ。実績は全てゴルフ場への開発じゃないか。あの山には木と言う資産があるんだ。がめつい姉さんはこれだから」
「何よ!あなたのところも、今年子どもが生まれるんでしょう?お金は早く作るに越したことはないわ!折角の土地なのよ?兄さんのところだって楓さんの入院費もばかにならない筈よ」
楓は丞の母だ。2年前に事故に遭い、植物状態のまま、病院にいる。
そのことですが、と父が言った。丞の父の声は低く、しかしよく通る。
「皆様には、お話しておかなければいけないでしょうね。医者と、また楓の両親とも話をしていますが、もう、彼女の臓器はぼろぼろで・・・来月、延命措置の中止を考えています」
丞はコートを羽織り、長靴に足を入れた。目から溢れる涙を何度も何度も手の甲で拭う。
父への憤りと悔しさと悲しさで、心がぐちゃぐちゃだった。いつも、丞のいないところで勝手に決めてしまう。父は母を愛している。それこそ、あまり会うことのできない丞よりもずっと。丞は、父が仕事の合間を縫って町から離れた病院に通っているのを知っていた。どんなことでも、父はいつも正しかった。きっと今回も正しい。それでも、と丞は思う。
足元の雪が音を立てる。ふわふわした表面の雪の下に、氷状になった雪があるのだ。1歩踏み込む度にざくっと固い音を立てる。足は長靴の半分まで雪に沈み、足跡という名の穴が残っていく。丞は嗚咽を漏らしながら、かつて祖父と歩いた道を進む。日は暮れかかっていた。見晴らしの良い高台へ出る。先まで自分のいた屋敷が、小さく見えるところまで来ていた。
4
涙は止まっていた。夜も更けたが、月と雪が森を照らし、あたりは明るい。
木の肌を撫で、確かめながら進む。祖父の手書きの地図は大まかで、目印らしい目印もない。それでも、丞に不安はなかった。社に辿り着くのが目的だが、果たせなくても良いと思う。山の深くへ行きたかった。
「ぁっ・・・」
初めて松の木に触れた。空を仰ぐ。冬でも葉を落とさない針葉樹は、雪を被って大きく見えた。
暫く進むうちに、あたりは松だらけになった。頭上高く繁る葉に月の光が遮られ、暗い。気温がぐっと下がったように感じられた。雪を踏む。寒さと疲労が、丞を襲う。指先がかじかんで、長靴の中も冷たい。休まず、殆ど無心に山を登ってこられたのが不思議なくらいだったのだと思った。社を探すも、それらしいものは見えない。
「!・・・ぅ、ぃた・・・」
滑って、前のめりに転ぶ。立ち上がろうと手に力を込めると、パキパキと音がした。雪の下の地面が崩れるような不安。氷の上にいるのだと気づいた時には、どぷんと冷水に身を沈めていた。
地に打ち付けられる感覚があったが、痛みはなかった。苔の匂いがする。暗くて、周りがよく見えない。
「ん・・・」
上半身を起こす。衣類はぐっしょりと濡れて、丞が先まで水の中にいたことを証明していた。冷水を含んだ重いコートを脱ぐ。子ども用の喪服のスーツはぴったりと肌にはりついて、長靴の中は水が残っている。丞は起き上がり、長靴と靴下もコートのそばに脱ぎ置いた。気温が高い。雪はなく、素足が絨毯のような柔らかい苔を踏む。空気の動きが感じられない。
はっとする。これが死後の世界だろうか。奥にぽつりと、白く光るものが見える。丞は暗闇のなかを、光に向かって歩く。早く来いと、呼ばれている気がした。
5
白く光る毛並み。きらきらと緑色にも輝いているように見えた。存在自体が、発光している。
『・・・待っていたぞ。全く、300年待たせるとは、我を馬鹿にしているとしか思えぬ』
丞を見つめる眼。白磁のように白い眼球には、墨を一滴垂らしたような瞳孔が爛々としている。隈取りのような黒が眼球を囲い、鋭い目つきを更に強調していた。
熊ほどもある大きな白い狼。丞は震えて、苔に座り込む。
「ぁ、ふ・・・」
スボンとパンツを器用に牙で脱がせられ、大事な部分を舐められている。獣のように四つん這いになって、丞は腰を振っていた。逃げようとしてではなく、求めてのことだ。丞の恐怖は、瞬く間に快楽にかしずいていた。
『好いだろう・・・?』
狼が問う。丞は甘い息を吐き、ひくひくと身体を震わせる。手と膝を地につけた四つん這いの体勢を維持するのも辛いが、べろべろと愛撫する舌が欲しくて我慢する。
「ぃ・・・きもち、ぃ・・・ん、ひぁ、ン・・・ぉちんち、へん・・・」
小さなペニスは舌に弄ばれて、唾液まみれでぱんぱんに勃起していた。いつの間にか皮も剥け、丞の知らない色形をしている。
「へんになってぅ・・・」
『お主、初めてだな』
狼が嬉しそうに鼻息を荒らげた。舌使いが激しくなって、丞はがくがくと震える。
「ひぃん・・・っ、ぁう、ぁ、ぁ、だめ、だめぇ・・・っ、ふぇ、ん、ンーー!」
狼がじゅちゅっじゅちゅっと、舌を動かす中に、丞は初めての精を放った。濡れた舌でその痙攣を感じながら、狼は震える丞に合わせてそのペニスと柔らかい腹に、優しく舌を擦り付けてやる。
「ひぅ、ぅふ・・・ふ、ふぅん・・・」
とさりと苔に身体を埋めて、ひくんひくんと震えに身を任せる丞。倦怠感にぐったりとした。
『寝るな』
ぼんやりと声を聞く。くつくつと笑われたような気がした。ちゃり、と金属特有の高い音がして、丞は狼の鼻先でごろんと転がされる。左手を下に、横向きに寝転がった。再びペニスと尻の割れ目を、ぬらりと濡れて光る赤い舌が這う。
「ひぁ・・・」
思わず吐息が漏れた。舌は尻の丸さを楽しむように何度も白い柔肌を舐める。再び割れ目をじっくりとなぞったとき、舌はアヌスで動きを止めた。
「ぅ・・・ゃぁ」
アヌスに意識が集中して、丞は声を漏らす。きゅう、とすぼまった。
6
くぱぁ、と音がしたような気がした。アヌスが口を開いているのがわかる。丞はくったりと苔に横たわりながら、身体が開かれていくのを感じていた。
狼は何度も穴に唾液を注ぐ。唾液はアヌスから丞の身体に染みていくようで、垂れ出ることがない。潤っていく感覚がある。丞はうっとりと目を細める。ペニスからはとろとろと汁が垂れていた。
『もう良かろう』
狼が体勢を変えた。ちゃり、とまた金属の音がして、丞は音の方を見る。狼の右の後ろ足に、錆び付いた枷と長い鎖があった。
『尻を上げろ』
湿った黒い獣の鼻先が尻たぶに触れる。丞は再び四つん這いになった。狼が覆い被さって、濡れたワイシャツがじんわりと温かくなっていく。尻にぬるぬるとした熱いものがくっついて、丞は尻を振る。ぬち、と擦れると、狼は鼻息を漏らした。
『誘っておるのか・・・?』
ういやつよ、と声がする。数回、尻に擦り付けられて、丞はそのものの不思議な形を想像した。
「んン・・・なぁに・・・?」
狼に問うも返事はない。拡げられたアヌスにそれが入って来て、丞は声をあげた。大きな熱い肉が丞の中にずちゅ、と埋まる。
『はぁ、たまらん・・・』
中を確かめるように腰を回して、狼はぐりぐりと丞のアヌス深くを擦り上げた。
「きゃぁぁん・・・っ」
丞は甘い声をあげ、尻を突き出す。頬が染まる。とくとくとくとく。忙しなく小さな心臓がときめく。丞のペニスはぴゅく、と精を放ち、またぷるりと起き上がった。
「はぅ、はぅ、ひぁぁぁん・・・っ」
ずるずると、引き抜かれると涙がでる。気持ち良くて、丞は苔に肩と鎖骨、そして頬を押し付けた。尻だけはなおも高く上げ、狼のペニスを待つ。
『きもちいいか?』
狼の声に、丞はこくこくと頷く。
「きもち、きもちぃ・・・ふぅ、ん」
狼は丞の気が遠くなるほどそれを繰り返した。丞の腰の下には自身の精液で、苔が溺れるような水溜まりができている。
「ん、ぁっ、ぁっ、ぁ、ぁぁんっ」
突然、ペニスを抜かずに挿す動きに変わった。丞は膝に力を入れる。
「でてゅ、でてゅの・・・らめ、ら、めぇっ」
愛らしい顔を真っ赤に火照らせて、尻を振った。小さなペニスはぴゅっぴゅっとひっきりなしに射精して、脳が溶けるような快感が丞を襲う。
「ゃ、ゃ、やぁぁっ、ふ、ふぇ、ぁひっ、ひぅ」
ぼたぼたと涙が落ちた。狼の腰が激しく打ち付けられる。丞のアヌスは絞まり続けた。中で狼のペニスが瘤を作る。
「ひぁぁんっ」
丞の腰がびくびくと震える。
『ぐ、ぁ・・・っ』
びゅく、と中で液体が放たれた。止まることのない放出。丞は意識を失った。
7
目を覚ますと、狼に抱き込まれていた。獣特有の臭気はなく、寧ろ草のような、苔に近いような匂いがした。物語の山犬のように、大きく、力強い。狼の周りは苔だけでなく花も咲いている。
丞は身じろぐ。ワイシャツ一枚の姿の丞の太股を、白い毛が擽った。少し灰色がかってもいる。緑に輝いて見えたのは、毛先だ。丞はきらきらと光るそれを飽きることなく眺めた。自分の身体の下の、苔の緑のように美しい。
顔を上げた。苔が広がっている。岩肌の壁が見える。丞は、あたりが晴れたように明るいことに気づく。光源を探し頭上を見上げた。眩しさに目を細める。高い天井は、水を張った透明な硝子の器の底のようだった。揺らめく水草らしき影に混じり、大小の泳ぐ魚の影も見える。
『お主は社の近くの溜め池に落ちて、ここへ来たのだ』
丞はびくんと肩をすくませた。狼の眠たげな瞳が、こちらを見ている。
『とって喰うことはない。久方ぶりの生贄だからな。この姿をヒトに見せるのは初めてだが・・・これでどうだ?』
丞の目の前の狼は消え、寝そべり、片肘を地について首を支える、半裸の逞しい若い男がひとり。狼に良く似た色の髪。緑の袴。足首にはあの錆びた枷がある。男は胡座をかいて、伸びをした。
「池の水が清めた生贄に、獣の欲望を吐き出した今、我はすこぶる気分が良い。清い力が集まってくる」
嬉しそうに目を細め、綺麗な唇の口角を上げる。
「お主が可愛く泣いてくれたから、あれほどまでに滾ったのだ。初物の精も今まで口にしたことがないほどに美味であった・・・」
手を取られ、膝に乗せられた。
「楽しませてもらったぞ」
低い声が鼓膜を擽る。脇に太い腕が入り、逞しい胸が丞を支えた。男を見上げる。美しい端正な容貌に見惚れた。睫毛まで、光の角度で緑に輝く、あの白い毛だ。
「・・・お主、我をこの地に縛りつけた憎き北山の子孫か」
丞は目を見開く。
「ぇ・・・?」
男はふ、と悲しげに微笑んだ。
「隠さずとも良い。この魂を畜生に降ろされたとて、我は元神。ヒトの血脈を見るも容易いこと」
混乱する丞を放置し、男は続ける。
「我に北山の願いを届けに来たのであろう?実子を贄に出すとは、余程の願いか」
嘆かわしいな、と哀れむ瞳。丞は驚く。首を振った。落ちただけなのだと弁明する。
「ならば、願いは無いのか?」
丞は男を見つめた。決まっている。
「お母さんを、助けて」
男が笑う。白い犬歯が尖っているのを、丞は見る。
「その願い、聞き届けよう」
8
男が歩くと足跡には苔が生えた。丞を抱え、一ところに立ち止まらずに、ゆっくりと歩く。
「凄まじきことよ・・・。お主の母の病を消しても、まだ力が残っておる。日が射しているうちは、歩き回っていないと木が生えてしまうであろう」
男は苦笑した。丞は、男の足下を見下ろす。異常な速度で背を伸ばす、みずみずしい緑の苔。男が立ち止まれば、苔の中から草が伸び、花を咲かせるのだった。
「あなたは、山の神様なのですか?」
丞は問う。
「我は槃緑。山神様の眷族、植物の神だった。今の我は、神ではない。獣の肉体に枷を受けた囚われの、神とは名乗れぬ穢れた身だ」
お主は?と男、槃緑(はんろく)は丞の名を問うた。
「きたやま・・・北山、丞」
字は?と更に問われ、空中に指で書く。槃緑は僅かに目を見開いた。
「この名は誰が与えた?」
祖父だ。丞は答える。鼻がつんとする。
「槃緑さま、死んだ人を生き返らせることは、できますか?」
槃緑は丞の黒髪をなでた。祖父の手つきと似ている。そう思った瞬間、丞の涙腺は緩み、瞳は濡れた。否と告げた槃緑の顔が、歪んで見えない。
丞のワイシャツは、まだ少し湿る袖口を残して、殆ど乾いている。昼をとうに過ぎていた。
「木が生えたら、だめなのですか?」
槃緑は丞と手を繋いで歩いている。丞の強請ったことだ。裸足の足裏で感じる冷たく湿った苔の気持ちよさに集中して、丞は悲しいことを忘れようとしている。
「管理できるのは精々、苔までだ。贄がなければ、我はこの範囲の草木すら、生かすことができない」
目を伏せた槃緑。丞には広く思える窟だったが、何も言えなかった。ぎゅっと、握る手に力を込める。
「槃緑さま・・・」
槃緑が頬笑んだ。
「お主のように愛らしい贄は初めてだったぞ。退屈しておったところだ、本当は帰したくないが・・・」
寂しげな瞳が、丞を見た。丞の足が、苔ではなく土を踏む。
「・・・我はこの先へは行けぬ」
槃緑の足枷の鎖が浮き、ぴんと張っていた。丞の目の前には、紋様の彫られた古めかしい木の扉がある。槃緑の手が丞の額に伸びた。
「この窟と、我の記憶を消す。起きた時には、」
丞は首を振る。すがった。
「いや・・・槃緑さまを忘れたくない」
ぎゅっと腰に抱きつく丞に、槃緑は心なしか表情を緩め、困ったように笑う。ならば約束を、と丞を抱き締め返した。
「この窟と、我のことを他言してはならぬ。他言したならば、祟り殺す」
喰わず、更には記憶も消さずに帰すのは初めてのことだった。
9
物音に目を覚ます。古い、木で張られた床。肌寒いが、ズボンも長靴もコートも、屋敷を出たときと同じ乾いたものを身に纏っていた。
白い酒瓶が2つと盃が1つ、石彫の狼に捧げられていた。自分は社の中にいる。
名を呼ぶ、父の声が聞こえた。
勝手に屋敷から出て山に入ったことを父は咎めなかった。丞を強く抱き締める。そして、病院の母が回復し意識を取り戻した奇跡を、涙ながらに語った。
「検査をして問題がなければ、すぐにでも退院できるそうだ」
セーターとコートを着込み、早朝の森の中に入る。丞は不安な気持ちで足を進めた。再び辿り着くことができるだろうか。
まだ暗いうちに屋敷を出たため、今度は昼前に松の林に入ることができた。思いもよらず溜め池に落ちてしまうのを警戒して、足下に注意する。雪が溶けかかった、土の見える地面を踏みしめていく。
「あった・・・!」
今度は先に社を見つけた。その奥には岩場が見えた。走り寄る。大きな溜め池。氷が張っている。
「槃緑さま・・・」
こつんと叩く。氷の下の気泡が少し揺れた。水は酷く冷たいだろう。もし、母の回復が社とは関係ないとしたら、あの記憶が全て夢だとしたら、水に入るのは危険なことだ。
丞は、心を決めた。
苔ではなく、草の上に転がる。ぐっしょりと濡れた顔を拭う。丞の落ちたところだけ、草むらになっていた。
「どうして・・・?」
ちゃり、と金属音。
「呼んだであろう?丁寧な合図もあった」
槃緑が笑む。丞は差し伸べられた手をとった。丞を立たせ、コートを脱がせる槃緑。
「衣を乾かしておいてやろう。他も脱ぐがよい」
頷いて、靴と靴下を脱ぎ、スボンを下ろした。水を吸って重たいセーターと一緒に、肌着も脱ぎ捨てる。パンツだけになったところで、丞は急に恥ずかしくなった。これも脱がないとだめだろうか。ちらりと槃緑を伺った。槃緑は丞の胸のあたりを凝視している。
「・・・それは?」
祖父の形見のネックレスだ。小枝のような金属に、槃緑が触れようとした。丞は後ずさる。咄嗟に、走った。丞は槃緑から離れようとした。
「んっ!」
足をとられて転倒する。地面の苔に手や膝を擦りつけた。足首に、蔦が絡まっている。
10
痛みはない。地に膝をつけた丞は、槃緑を見上げた。しゅるしゅると苔の中から蔦が伸び、手首にも巻きつく。
「・・・丞、それは?」
槃緑が問う。丞はいやいやと首を振った。どうして気がつかなかったのだろうと自分を責める。知っていたら、身につけては来なかった。
代々北山が奉っている神を自分が逃がしてしまうのだろうか。自慢の社だと言った祖父は、一体どう思うだろう。槃緑の手がネックレスに触れようとした。指先が、金属の棒を摘まむ。
「だめなの、だめ・・・」
ぽろぽろと泣いてしまう。巫女め小賢しい、と槃緑は呟いた。指は、金属に触れることなく空を切る。
「我には触れられぬよう細工がしてある。・・・この足枷同様に」
槃緑は丞を捕らえた。
「ひ、ひぅ、はぁぁん・・・」
狼がべろべろと丞の白い肌を舐める。身体中を唾液で湿らせて、丞は震え続ける。
『我を解放すれば、今生に帰してやろう』
丞はうんとは言わない。頬を染めて快楽に鳴き、精を漏らしてはペニスばかりを首肯させる。もう何度目かわからない。膨らんできた小さなペニスを狼はびちゃびちゃと舐めた。くっぽりとあいた尻の狭間の蕾まで、舐め回す。
「ん、ぁぁ、ふ、はんろくさま・・・」
蕩けた顔で名を呼ぶ。桃色の唇から物欲しげに透明な涎がつぅ、と垂れた。
『魔羅がほしいか?』
ぽっちりと立ち上がった乳首をべろりと舐めあげて、狼は丞の尻に勃起した獣のペニスを擦りつける。
「ぁぁん、ん、ほし、おちんち、ぃれて・・・」
狼は興奮した。だらだらと、先走りを垂らす。
『我を解放すると約束せよ』
「ゃ・・・」
潤んだ瞳が狼を見つめた。
『・・・約束せぬなら、魔羅はやれぬな』
黒い睫毛がしばたいて、大きな瞳がなお濡れる。すん、と鼻を鳴らして、丞は尻を揺らした。
「おちんち、ちょうだぃ・・・・・・なかに、だして・・・」
甘い声で、いやらしい吐息を混ぜて、なかぁ、とせがむ。ぐぅ、と喉を鳴らして、狼は柔尻に腰を押しつけてしまう。この根比べは、始まったときから決着がついている。獣の槃緑に勝ち目はない。
「ぁぁぁ・・・っ、おっき・・・」
嬉しそうに目を細めて、獣の下で腰を揺らめかせる丞。
「あん、ぁん、ぅ、ふ、ぁぅう・・・ぁぁん・・・」
『ふ・・・』
狼は味わうようにゆっくりと出し入れする。
「はんろく、さまぁ・・・」
愛しいものを見るような丞の瞳。槃緑は丞を地面に押しつけて、激しく腰を振り立てた。
「はひ、はひぅ・・・っ」
声も出せずに悶える。丞は精液を漏らしながら、アヌスの中に狼の射精を待った。
11
槃緑の生やした蔦や木々が、扉を隠し阻んでいる。窟からは逃げられないと、丞の拘束は3日もしないうちに解かれた。窟の中で時を過ごす。空腹感はない。
「槃緑さま」
獣の姿で地に寝そべる槃緑を、丞は揺する。槃緑の周りの苔から草むらが生じ、遂には木が生えて来ていた。
「・・・槃緑さまっ」
槃緑の瞼が上がり、瞳が現れる。怪訝そうに丞を見た。
「木が生えてきています」
『力の有り余っている我が、こうして地に身をつけ動かぬのだから当然であろう』
でも、と言う丞に更に続ける。
『お主が生贄としてずっとここにおると申すのだ。ならば我はこの地を豊かな森にし続けることができる』
我を解放せぬということはそういうことだ、と槃緑はほくそ笑む。べろりと丞の頬を舐めた。
『・・・時にお主、果物は好きか?』
人の姿をした槃緑が胡座をかいて目を閉じた。草むらからするすると木の幹が伸び、葉をつけては枝を伸ばし、また葉をつける。幹は太くなっていき、やがて大樹は実をつけた。
「桃だ。我ら神はこれに目がない」
背が高い槃緑は、丞には到底届かない高くに手を伸ばす。一つをもいで、お主の尻のようだなと笑った。
「この割れ目に隠した卑猥な孔で、我を狂わせる」
つう、と槃緑の長い指が桃の包合線を撫でる。丞はお尻を手で隠す。今度は幼いペニスをじっと見られ、真っ赤になって涙ぐむ。槃緑はまた屈託なく笑う。
「あれだけ我に弄くられ、卑猥な儀式に興じておるに、まだそのような反応をするか」
嬉しそうに、丞の乳首を指で突く。
「ァっ」
こてんと尻餅をつく丞。
「見れば見るほどいやらしい。お主は隠したい、恥ずかしいところでいっぱいだな」
からかわれ、恥ずかしさに遂に丞はぽろぽろと涙を流した。泣くな泣くなと軽々と抱き上げられる。丞は槃緑の逞しい首を濡らしながら、果物よりも何か着せてとねだった。一度、窟を探し歩いたが、コートもパンツも見つからなかった。
「衣か、ならばあれにしよう・・・」
槃緑は桃を丞に渡し、細い草を集めて布を編む。あっという間に衣になった。丞に着せる。
「緑で悪いが、良く似合う。望むならば今度1日ほど時間をかけ、強い白い繊維で拵えてやろう。・・・気に入らぬのか?」
にやにやと意地悪く笑んでいる。丞は頬を染める。したばきも、と言ってみた。
「ならぬな。我はこの姿の丞が気に入っている」
緑のワイシャツから、ちらちらと見える桃を撫でる。
12
窟の中は美しい森になっていた。丞は花の甘い香りに包まれて目を覚ます。頭上の大きな溜め池から、朝日が射している。昨晩の行為も気持ちが良かった。槃緑を探す。桃の木の下に立つ神を見つけた。丞は白い繊維を植物で染めて作った、紺色のワイシャツを着る。木をだ円にくり貫いたボタンをとめていく。
「起きたか」
かごに採った桃を入れた槃緑が丞のそばに歩み寄った。
「朝から人のお姿なのですね」
髪を撫でられる。
「桃を傷つけずに採るにはこの姿でなければな」
槃緑は皮ごと桃にかぶりつく。甘い汁が口元を濡らした。
「どうした、丞」
丞は槃緑の顎を舐める。ふ、と槃緑が笑った。
「昨晩あんなに可愛がってやったのに、もう欲しがっているのか・・・」
キスを受ける。乳首をくりくりとされて、丞は甘い声をあげた。槃緑の手は幼いペニスへとおりていく。
「ちゅ、む、ふ、ぁ、ぁっ、まって、まっ・・・」
またぬ、と耳元で笑う声。
「ヒトの形であれば、お主を細かく愛撫することができて良い」
心がきゅっとして、丞は腰をひくひくさせた。大きな手に包まれたペニスが、ちゅこちゅこといやらしく擦られている。
「でちゃ、でちゃぁ、ぁ、ふぅ、ぅ・・・んっ」
掌に受けた精液を舐めながら、槃緑は丞を見下ろす。幼いままの愛らしい顔。
「はぅ・・・はんろくさまのまらは、入れてくださらないのですか」
「夜まで待てぬか?」
丞は首を振る。獣のではなくて、と言った。槃緑の袴を見やる。魔羅が立ち上がり、布を押し上げている。何度そうなっても、槃緑はヒトの姿では最後までしない。丞は不思議だった。
「お主、ヒトの形のものに興味があるのか?木で張り子でも作ってやろう」
丞は真っ赤になる。
「ちが・・・っ、ぎゅってしながら、入れてほしいの」
槃緑は堪らずに丞を押し倒した。
「ヒトの姿の我の魔羅を受ければ、お主はもう今生には戻れぬ身体になるのだ」
丞は槃緑をじっと見つめた。
「・・・僕が今、元の世界に戻ったら、学校の同期生は皆大人になってるんでしょ?」
槃緑は丞の頬を撫でる。もう戻れない、と丞は言った。窟に閉じ込められてもう何年もの月日が経っていたが、丞は髪も伸びなければ歳もとらない。
「確かに窟の中は時が止まっている。中にいる限り不老不死だ。戻れば、失踪した当時のままの姿。好奇の目に晒されるだろう。しかし、お主の父母は我が災厄から守っている。今生に戻ればまだ同じ時を過ごせるぞ」
丞は何度も首を振る。
「槃緑さまといる」
13
桃の汁で濡らす。前立腺、小さなペニス。甘い匂いに包まれている。槃緑の指は、丞の好いところばかりを責める。
「ぁぅ、ぁっ、ぁぁん、ゃらぁ・・・っ、また、また、でちゃぁ・・・」
腰を振って逃げようとする丞。槃緑は右の乳首に吸い付いた。
「はぅぅ・・・ん」
ぴちっと、間違って陸に飛び出してしまった小魚のようにペニスが跳ねた。は、は、と息を吐いて、身体を緩ませる丞。乳白色の液体がへそに溜る。ちゅ、と唇が額と頬に触れた。槃緑が囁く。
「もう戻れぬぞ」
丞はこくんと頷いた。
「この窟では自死もままならぬ。力の強いヒトの巫女の作りし特殊な空間。溜め池が干からびようとも、山が噴火し地下が崩れようとも、ここは何も変わらぬ。今生とは全く別の地。永久の呪縛なのだ」
これからもふたりですね、と丞は頬笑む。ぽた、と頬に水滴が落ちた。
「嬉しい。・・・槃緑さまは、僕がいたら嬉しい?」
ああ、と槃緑は何度も丞の肌に唇を落とした。
「ぁっ、あっ、ぁぁあん」
立ち上がった槃緑に抱かれ、丞は彼の首にしがみつく。
「ゃ、これ、やぁぁ・・・ひゃ、ぁっ・・・ふぅん・・・」
槃緑は腰を打ち付けるのを止め、いやらしく回す。絞まるアヌスに溜め息を吐いた。
「はっ・・・丞は嘘吐きだな」
丞の温かい精液が槃緑の腹筋を汚している。
「それに我は、お主がぎゅっとしながら入れて欲しいと言うたからこうしておるのに」
黙ってしまった丞にキスをした。座り込み、挿入したまま抱き締める。額を合せ、ぎゅっとしておろう、と涙目を覗き込む。
「ぅ・・・ゃさしく、して・・・」
苔の上に押し倒した。できるだろうかと苦笑する。
「ひ、ぁあっ、ん・・・」
獣との行為とは違い、顔が見える。
「・・・はんろくさま、きすして・・・」
丞はじっと唇を見た。キスを強請る。
「ちゅ、は、んちゅ、ふ・・・ぁ」
嬉しそうに顔を綻ばせる。槃緑の名を呼んだ。
「っは、たすく・・・」
ぱんぱんと、音がする。気持ち良くて気が遠くなる。丞は覆い被さる槃緑の身体に足を絡めた。
「ぁ、ん、はんろくさま、・・・なかに、だして」
獣のものとは違う射精を、ひくつくアヌスで受け止めた。息を吐き、槃緑は丞をぎゅっと抱き締める。
本当に変わらないのかな、と丞は呟いた。ネックレスに触れる。
「もし、この場所が壊れてしまうことがあっても、僕が封印を解けば、槃緑さまは逃げられる?・・・そしたら、僕は、」
槃緑は丞の髪を撫でた。くつくつと笑う。
「置いていくわけがなかろう。今生には行けぬが、神の国に連れようぞ。ま、あちらは厄介な輩が多い。お主を連れて行かずに済むことを祈るがな」
我をはじめ皆、可愛いものに目がない。槃緑は苦笑した。