top of page



洞窟から月を見る



高坂博信(こうさかひろのぶ)がシェムラムに出会ったのは、56歳の春だった。
北方の樹林地帯でホッキョクグマやドールシープと共に暮らす少数民族、ヘラ族。その唯一の生き残りであるシェムラムを、彼は彼の古い友人から託された。

白い肌と、珍しい灰色の髪、瞳。シェムラムのそれは、半世紀生きた高坂に若かりし過去の経験を思い出させる。ヘラ族は高坂の人生に大きな影響を与えていた。高坂はヘラ族を、シェムラムに出会う以前から知っていた。



言語学を専攻していた大学生の高坂は、記憶力だけは人一倍で、とにかく多くの言語を修得していた。それらの言語を多くの先行研究をもとに分析することを純粋に楽しんでいた。古代の言語も、聖書や哲学書、歴史書を読みながら学んだ。既に話者のいない言語などきっちり覚えて、何の意味があるんだ?と学生の一人は高坂に言った。全てが面白いのだと、一つずつ枚挙して語りたい気持ちもあったが、理由なんかないんだ、と高坂は困りながら、穏やかに言った。学部生仲間との学びに対する感覚の違いを感じていた。

学部生仲間達とは適度な距離を取りつつ過ごしていた高坂だが、師事していた言語学教授、堀田とは懇意にした。彼に気に入られ、院に進みいずれは私の跡を継いでくれないかと誘われた時、高坂は喜んで、と答えた。
彼は知識を蓄えた。学部生最後の年には、異例の抜擢を受け、学者でグループ編成された研究チームのフィールドワークに参加した。対象は、ヘラ族。



ヘラ族は、小規模の血縁者で成る民族集団だ。山岳地帯の山あいに住んでいる。極寒の中の比較的暖をとれる場所で静かに暮らす。
夏だけは、永久凍土の平原へ下りてくる。夏の平原では、よく動物達の姿を見ることができる。高坂が研究に参加したのも夏だった。永久凍土の上に繁茂する多色の短い草がまるで絨毯のように美しく、雲の白さに照らされていた。その風景の中のヘラ族とドールシープの姿がまるでお伽噺に出てくる旅人のようで、高坂は現地に降りたってすぐ、彼らに心を奪われた。

ヘラ族の言葉を覚えることに、高坂は時間を要しなかった。そして、学問的な感動に出会う。

語彙の豊かさに見るその事物への関心度、人称によって細かく動詞を活用させる意図、出来事に過去・現在・未来の時間をあてる時制。
文献では知っていた。言語を学ぶものとして、高坂とて気づいていた。ただ、実感だけが抜けていた。言語は使う人間の有り様を映す鏡である。否、人間の有り様が言語に表れるのか。

物で溢れる社会には基本的に物の数だけ名詞がある。それに比べ、圧倒的に少ない物の中で生きるヘラ族は、多くの名詞を持たない。しかし、ドールシープを雌雄の二種で呼び分けた後、更に角の長さで数種に呼び分けるなど、動物や草に関する語彙は驚くほど多かった。

言語は文化と絡み合っているということを、このフィールドワークが高坂の肺腑にしみさせた。

そしてこの研究チームの中には、文化人類学という学問、その中でも特に他国と自国の文化構造を比較し、日本人としての自らの「常識」を再考する研究を進めている人物がいた。

ミーティングという名目で研究者達がそれぞれの研究の進み具合を語らい合う中で高坂は彼と意気投合した。堀田や国籍も豊かな言語学者達とヘラ族の言語を解析しつつ、暇があれば文化人類学の研究者のキャンプを尋ねた。自分の興味が文化人類学へ向かうのを、高坂は感じていた。




「教授おはようございます、って、えええええー!?」
「えっ、えっ、何、何?きゃー!かわいいー!」
「高坂教授、お孫さんいらしたんですか?しかもハーフ?」
「教授は独身って聞いてますよ!?」
廊下でばったりと自らが指導している人類学専攻の学生の集団に出くわした。高坂の手を握るシェムラムは、その灰色の瞳を丸く開く。吃驚して硬直してしまったらしいシェムラムに、学生たちの視線は集中していた。
「一緒に暮らすことになりましてね。ヘラ族の子です。・・・機会があれば授業で詳しく話すと思います」
柔らかく笑んで、高坂は静かに答える。学生達はうずうずしながらも高坂達を見送った。
「ぱろす?」
吃驚した?と高坂が問えば、シェムラムは首肯した。彼らは君に好意的だ、と高坂は続けて、ヘラ族の言葉で述べる。ここには君を脅かす者はいない、そのことが伝わればいい、と思う。

腕時計を見る。シェムラムを空港で引き取ってから最短距離で大学へ来ていたが、あと数分で講義開始時間になろうとしていた。空港から大学までは車で15分とかからない。しかし、飛行機が到着したのがそもそも20分前だったのだ。この状況は昨日から予想されていた。高坂は歩みを速める。


講義室へ入った途端突き刺さる、たくさんの好奇の視線。シェムラムは高坂のズボンを掴み、助けを求める。こうなる事は想定の範囲内だったが、研究室に一人残す不安の方が勝っていた。

いつものようにマイクを取り、調整する。すぐに私語する学生がいなくなった。大きな講義室が静寂に包まれる。
では授業を始めます、と高坂の穏やかな声が響いた。
「早速この子を紹介させて頂きます。・・・期待を裏切るようで悪いのですが、残念ながら、私の孫ではありません。ご存知の方も多いかもしれませんが、私に妻はいませんからね」

高坂の担当するこの文化人類学特殊講義は、文化人類学を専攻するものでなくても選択できる講義だ。しかし、この講義を選択するためには学生は過去にいくつか他の文化人類学の授業を受けていなくてはならないことになっている。興味のある者だけが参加していた。

「この子は、名をシェムラムと言います。北方の少数民族であるヘラ族の子です。ヘラ族は、私が初めて参加した海外でのフィールドワークの対象民族でした。私はその時まだ、自分は言語学者になるものと思っていた」
微笑む。自分を見上げているシェムラムの手をとって、学生達のいる聴講席の一つに座らせた。ここで見ているようにと言い聞かせる。壇上のスクリーンの準備に取りかかった。
「シラバスに記した授業計画とは異なってしまいますが、今から私の昔話をします。計画からは外れますが、テーマから外れた内容ではないので、普段の授業と同じように聞いて頂きたい」
講義の内容は高坂の研究を中心にしているが、その時々にテーマを絞って行っていた。今期のテーマは「夫婦」だった。

高坂はフォルダを選択し、スライドショーを開始する。スキャナで取り込んだらしい懐かしい色みの写真がスクリーンに写し出された。

北方の夏景色が広がる。



「ヘラ族の夫婦の形は多夫多妻です。夫婦という文化はない、とも換言できるでしょう。生まれた子どもの母親が誰かはわかります。女性はお腹を痛めて産みますからね。しかし、父親が誰かは殆どの場合わかりません。基本はフリーセックスで、遺伝疾患を避けるため、日本でいうところの近親相姦をタブーとする考えは存在しますが、あまり厳密なものではありません。男達にとってはどの子も自分の子であり、子にとってはどの男も父親のような存在です。民族全体で子どもを育てます。故に、家族という概念はありません」

高坂はヘラ族の夫婦関係を中心に置いて、自らの過去の研究の話をした。
そして今、シェムラムを預かることになった経緯も述べた。

「さて最後に、今日も宿題を出そうと思います。今回の私からの問いは、我々が不倫を悪とする理由とは何か、です。多夫多妻と比較して考察し、来週のこの授業が始まる前までに私のメールアドレスに送ってください」




講義を終えた高坂は、鞄にパソコンや資料を片づけ、何か言いたそうなシェムラムの手を取る。普段ならば学生の質問に応じる時間として暫く講義室に残るところを、足早に講義室を出た。

「い りじむ にそ?」
あなたは何?とシェムラムは自分の手を引く高坂に言った。
同じ言葉を使うのに、ヘラ族の人間ではないことは明らか。さっきは自分のよく見知った風景や物、人の様子が映し出された中に、時折見慣れない人や物が入り混じっているのを見た。シェムラムは混乱していた。


高坂が少数民族を支援するNGOに加入しているドイツ人の友人からシェムラムの保護を依頼するメールを受けたのは、つい先日のことだ。期間の指定はなく、どの言語を教えるべきかと問うた高坂に、彼は一瞬躊躇った後、日本語と答えた。高坂にシェムラムの今後一切全てを託すことを意味していた。
シェムラムの入国の手続きを無事に済ませた彼は、高坂に空港でシェムラムを引き渡した。最初は俯いていたシェムラムだが、高坂がヘラ族の言葉で迎えると、顔を上げ、僅かにその瞳を輝かせた。


大学教授の高坂は、決して暇ではない。独身で身が軽く、比較的自由に使える研究のための時間を持っているとは言えど、疎かにできない日々の講義がある。過去にヘラ族を研究したことがあるという条件だけであれば世界の数十人が該当者となる。その中には時間的な余裕について見れば、高坂より適役であると判断される者もいる。それでもその友人が高坂を選んだのは、かつてヘラ族を共に研究した時から、高坂の人柄と、その類まれな言語能力を高く評価していたからだった。実際、ヘラ族の言語を最も体得し、使いこなしていた研究者は高坂だ。シェムラムには、ただ子守りをするのではなく、コミュニケーションを取れる人間が必要なのだと、彼はメールで高坂に熱弁をふるった。



高坂と一緒に研究室に入ったシェムラムは、真先にあるものに走り寄った。
「ゆぱ やーさ くるぉし ぴりむ り?」
シェムラムは立派な雄のドールシープの角「ユパ」を持ち上げた。高坂に振り向き、尋ねる。美しい独特の文様が彫られたそのドールシープの角は、ヘラ族の大切な祭器の一つだ。高坂はユパを撫でる。
「だ ゆぱ めんと しゃらまぐい えなましす」
名誉市民としてシャラマグに貰ったものです。高坂の言葉に、シェムラムは瞳を潤ませ、シャラマグを知ってるの?と震える唇で紡いだ。君が生まれる前の若いころのシャラマグですが、と答えれば、ぽろぽろと涙を落した。

シャラマグも、その息子のシェムラムの父たちも、もうこの世にはいない。母も兄弟姉妹も、叔父も叔母も。シェムラムを除いてヘラ族は皆、銃で惨殺されていた。生き残りであるシェムラムは、その惨劇を見ていなかったらしい。高坂は幸いなことだと思う。

シェムラムをソファーに座らせて、自分もその隣に腰を下ろした。出方を窺うように高坂を見上げるシェムラムの瞳は揺れている。ゆっくりと、灰色の髪を撫でた。
「みは いむ こうさかひろのぶ い りむ ひろのぶ」
改めて名を名乗る。窓から差す朝の光に輝く髪は、柔らかく高坂の掌を擽った。
シェムラムも名を名乗る。そして、一瞬躊躇った後「いのくつ」と言った。

「・・・いのくつ?」

高坂の真剣な表情に、シェムラムはこくりと頷いた。




高坂の反応に、シェムラムは彼は知っているのだと直感した。自分の置かれた状況を正確に理解してくれる人が、少年には必要だった。
シェムラムはズボンとパンツを下ろす。触って欲しいと言った。高坂はシェムラムのアヌスに指を這わす。指先に、固いものが触れた。
「・・・ゃぬ いなむ ひにあす けいな」
瞳を潤ませるシェムラム。2番目のヤヌなのだと言った。

高坂は、シェムラムが儀式の最中で洞窟に閉じ込められていたがために、幸運にも殺戮の現場に居合わせずに済んだことを悟る。


「イノクツ」とは10歳の男児という意味だ。ヘラ族の男児は10歳に通過儀礼の儀式を行うことから、儀式を受ける人、という意味もある。

通過儀礼は、洞窟で行われる。洞窟の入り口は大人一人が身体を屈めてやっと入れる大きさであり、その入り口は、儀式のあいだ岩で塞がれる。洞窟内は広く、天上は高い。
イノクツはその中でアヌスの中に自らヤヌと呼ばれるドールシープの角を加工した祭具を入れる。ヤヌの大きさは5段階あり、数日かけてアヌスを慣らしながら順番に大きなヤヌに入れ換えていく。5個目の一番大きなヤヌを入れた後、彼は洞窟を出る。間をおかずヘラ族の長である大人の男のペニスをそのアヌスで受け入れることで、儀式は達成とされた。
この儀式は、ヘラ族の性行為の方法に起因していた。
ヘラ族はフリーセックスであるが、ある法則に従い日取りを決め、月が満ちる夜、全員で乱交を行った。この他の性行為はタブーとされているため、彼らが子孫を作れるのはこの時だけである。一晩でより多く射精する男が重宝され、高い地位を得た。

前立腺を刺激しペニスを強制的に勃起させることは、ヘラ族の男にとってできて当たり前のことである。儀式は、アナルへの異物挿入に慣れるために行われる。


高坂にシェムラムを引き渡したドイツ人研究者が何も言わなかったのは、自らかが現場の第一発見者ではなかったことや書類手続きに追われていたからだ。単純にシェムラムが洞窟に閉じ込められていたことを知らなかった。
そして、知ったとしても、何故洞窟にいたのかまでは、彼にはわからなかった筈だ。

高坂がヘラ族を共同研究していた当時、夏から冬にかけての長期間ずっと滞在していた研究者は、たった3人だった。殆どの研究者が大学教授であったため、短期間のキャンプを余儀なくされていた。堀田もまた夏季休業が終わると日本に帰国したが、高坂は卒業要件単位が揃っており、残すは卒業論文のみとなっていたため、研究に参加していた。

ヘラ族の洞窟の中での儀式について知っているのは、ヘラ族から名誉市民的なものとして存在を認められた高坂と2人の研究者だけだ。

今でこそ民族に対する国際法がかなり整い、様々なNGO団体が活動を行っているが、当時は、文化相対主義的論議が行われる前だった。丁度「女性器切除」が女性への虐待であるとして非難されていた。まだ異文化への対応は確立されていなかった。
3人は最終的に、儀式に関する記録はどこにも残さなかった。

研究成果による自身の名誉や学問の発展よりも、民族の平和を取ることを約束していた。




車のトランクを開け、友人から空港で預かった荷物を下ろす。高坂は、シェムラムを連れ自宅に入った。

高坂の自宅は母の父が昔住んでいた小さな日本家屋だ。随分古いものだったので祖父の亡き後ぼろ屋敷として放置されていたのを、改築して使っている。住んでいるのは高坂だけだ。書斎と寝室を兼ねる高坂の自室とキッチンとリビング、客間を除いた殆どの小部屋が本やフィールドワークで溜めたカセットテープ等、資料の物置になっていたが、シェムラムを引き取ることをメールで受諾した日に、彼のために部屋を一つ掃除して用意していた。

その部屋へシェムラムを案内した高坂は、この部屋を洞窟に見立てるように言った。シェムラムの荷物には4つのヤヌと、いくつかの民族衣装が入っていた。極寒の地でも耐えられるように、動物の皮や毛をふんだんに使った衣服。高坂はその中から、儀式のための衣装を引き抜く。シェムラムに渡した。シェムラムは衣装を抱きしめて高坂を見た。
「ひろのぶ ゆぱにあ」
ありがとう、と言ったシェムラム。高坂は微笑んで、部屋を出た。


書斎に籠る。高坂は両手で顔を覆う。掌はしっかりと乾燥した肌とその溝を撫でた。この皺は見せかけなのか。高坂は問う。伊達に年齢を重ね、皺を増やしたわけではない。自分が頼りにしていた長きにわたる経験と積み上げた知識、高めてきた精神、そのどれもがこの状況への解答を導き出すためには不足していると感じられた。

わからない。

高坂は息を吐いた。
ヤヌがいつまでもシェムラムのアヌスに入っていることを考えれば、今さっき自分が取った行動は間違っていない。間違っていない。

では次は。
シェムラムは5番目のヤヌをアヌスに入れて、再び目の前に現れる。自分は一体どうすればよいのだろう。


気持ち良さそうにアヌスを穿たれる少年。母国では性的対象にすることは悪とされる可愛らしい幼い顔が悦楽に蕩けていた。
ヘラ族の儀式を見て感じたのは、激しい嫌悪だった。吐き気を堪える自分を見かねた文化人類学者が、ただの現象だ、と冷静に言った。
母国の社会の価値が自分の感情の基礎をも影響を与えていることをまざまざと体感し、恐怖すら感じた。世界へこのことを発表するのはよくないと、直感が告げていた。


しかしその中には、極微少の興奮の萌芽があったことを高坂は知らない。


高坂は帰国してから、自身が性的不能になっていることに気づいた。性的不能を告白しても傍にいてくれる女性にも巡り会ったが、結婚に至ることはなかった。

高坂はあの時に自分を襲った性への嫌悪、そのあまりのグロテスクさに、トラウマを持ったのだと考えていた。

しかしそれは正しい認識ではなかった。高坂は自身の中で僅かに生まれた興奮の萌芽に気づいていたのだ。気づき、恐れ、瞬間的に抑圧した。

真面目で正しくあろうとする清廉潔白な人柄故に、自らの狂気を抑えるため無意識下で頑なに、性行為を避けた。その結果が、性的不能であっただけだ。





シェムラムがドアを開けた。高坂に歩み寄る。
「・・・ひろのぶ?」
高坂は額を掴むように目元を覆っていた右手を外し、シェムラムを見た。愛らしい容貌。手にかけてはいけない存在。

高坂は自分の性器がこれまでにないほど勃起しているのを感じていた。




カーテンを閉めても陽の光が部屋を包んでいた。目を凝らせば空中を泳ぐ埃が見える。高坂はベッドに横たわる幼い華奢な裸体を見下ろした。その白い肌に触れる。小さな耳から、顎にかけて、肩、脇、腹、そして、勃起している性器。撫でた。もう精通しているのだろうか。小さなそれを手に包んで、扱く。
「ん・・・」
もじ、と腰を揺らす。高坂の手に小さな手をのせた。
「だ、ゃぬ・・・んふ・・・さりゅ・・・」
5番目のヤヌが、白い尻の狭間、桃色の肉を押し広げていた。高坂は突き出しているヤヌに触れる。
「はぅ、ひ、はぁぁん」
引き抜くと、ヤヌがその姿を現した。ヤヌにはこぶがあり、1番目の小さなヤヌにはこぶが1つ、この5番目のヤヌにはこぶが5つある。こぶが3つ見えた辺りで、もう一度埋めた。
「ひ、ぁんん」
動物性の油脂でぬめるヤヌ。シェムラムのアヌスを擦り上げながら埋まっていく。
「ふ、ぅ、ぁぁぁ、ん・・・は、ん・・・ひろのぶ、さりゅぅ・・・」
切なげな瞳が高坂を見た。大きな灰色の瞳は気持ち良さそうに細められ、とろりと誘っている。
「さりゅぅ・・・」
早く、とせがむ。快楽に赤らんだ目元を撫でて、高坂は自らの服に手を掛けた。



ずちゅっずちゅっと結合部から音がする。小さな身体を後ろから抱き込む。高坂の硬い性器は、柔らかな肉に揉まれていた。とうに忘れていた感覚。ぶるりと身震いをして、高坂は中を確かめるように何度も性器を入れる。
「ん、ゅぅ・・・ぇぃぱ、ぇぃぱむ、らぉ・・・っひゃぁぁっ」
亀頭がごりごりと小さな前立腺を擦った。
「ぁぁっ、ぁっ、ぁっ、みゅりむ・・・にっちゅ・・・」
小さな手で自分の性器を弄る。くちゅくちゅと先走りを絡めながら、両手で優しく愛撫していた。
「にっちゅ?」
耳元で問う。
「はひ、ぅ・・・にっちゅ、にっちゅ・・・」
シェムラムはこくこくと頷く。高坂は腰を回してやる。にっちゅとは奥のこと。
「ひきゃ、ぁ・・・っ」
びくびくとシェムラムの腰が震えて、足が引き攣る。
「ぅゅ・・・ふ・・・はぁ、は・・・ん」
くたりと弛緩し、荒く息を吐く。高坂はシェムラムの内腿を撫でる。
「し あいたか めいえす」
まだ終わっていないと告げれば、アヌスはひくつき、蠢いた。


「ぁぁん、ぁ、ぁ、にっちゅ、ぁめりぅ・・・」
ベッドの端に腰を掛けた高坂に跨ってシェムラムは腰を振る。大きな瞳から涙を零し、長い灰色の睫毛は濡れていた。高坂は桃色の乳首に舌を這わせ、舌先で刺激する。尻を掴んで浮かせ、腰を打ち込んだ。シェムラムは高坂の首に手を回し、されるがままだ。
「ん、ん、んん・・・ひぁぁぁん・・・っ」
乳首を吸い上げられ、また腰を震わせた。高坂は身体を前にのめらせ、シェムラムを押し倒す。2回分の精液でねばつく小さな性器をふぐりごと揉み込みながら、激しく腰を打ちつけた。シェムラムの熟れきったアヌスが柔らかく高坂を絞る。
「きゃふ、ぁぁぁぁん・・・っ」
中にごぷっと溢れた。覆い被さる高坂と、素肌が重っている。じんわりと体温に包まれる。シェムラムはうっとりとしながら、頬を擦り寄せ、高坂の名を呼んだ。




疲れたシェムラムが高坂に凭れ眠っている。リビングでノートパソコンを開き、高坂は学生の宿題メールを確認していた。


日本人が不倫を悪とするのは、不倫が夫婦の目的に反する行為だからである。夫婦の目的とはすなわち、自分の遺伝子を後世に残すことだ。勿論、現代の夫婦の目的やそのあり方は多様化しているが、男女がつがう最も根源的な意味は、自分の遺伝子を後世に残すことであろう。

夫は妻の不倫によって他人の子どもを自分の子として育てることを怖れ、妻は夫の不倫によって自分の子へ集中していた彼の支援が不倫相手の子に分散することを怖れる。
日本では不倫は夫婦とその子どもから成る「家族」を壊す危険性がある脅威だ。

多夫多妻であることから全員で子を育て、家族という概念さえ持たないであろうヘラ族はまた、不倫という概念も持たないのではありませんか?


その通りです、と高坂は呟いた。



挽き肉を丸め、キャベツに包む。
「だ “きゃべつ”」
高坂は生のキャベツと茹でたキャベツの葉を、料理する自分を興味深そうに見ていたシェムラムに手渡した。シェムラムは基本的に大きな葉を見たことがない。透明感のある黄緑の大きな葉に、シェムラムは見惚れた。
「・・・むいむ?」
同じ?と問われ、高坂は頷く。ヘラ族の言葉に「茹でる」を意味する語はないため、水に入れて熱したものだと教えた。
「えた」
食べるように促す。シェムラムはキャベツを口にした。ぱり、と音がする。茹でてある方も食べるように促した。食べ比べさせた後、塩をふる。再び食べるように促した。
「ぺむ?」
ヘラ族の言葉で「ぺむ」は塩だ。高坂は頷く。
「だ “ぺむ” い “しお”」
高坂の唇を真似て、しお、と声を出すシェムラム。微笑ましくて、つい笑ってしまう。


人間は言語によって精神世界を構築する。10歳のシェムラムは無意識的に言語を吸収する時期を当に過ぎていた。既にヘラ族の言語文化の下で構築されたシェムラムの精神世界。ヘラ族の文化と日本の文化は大きく異なり、互換性は極めて低い上に、ヘラ族の言葉は圧倒的に単語不足だった。存在する物について教えることはまだ容易に思われる。難しいのは、抽象的な概念。高坂は考える。どうやってシェムラムの中にその種を落とし、彼の精神世界に根付かせることができるだろうか。例えば、そう、家族。ヘラ族の言葉では「仲間」にあたる「オプ」がそれだが、日本の家族とは指し示す人間関係が全く異なる。



ロールキャベツを食べる隣のシェムラムを見下ろしながら、高坂は明日は箸の練習ができる料理を作ろうなどと考えていた。シェムラムが窓の外に視線を止めた。何かあったのだろうかと高坂も視線をやる。
「ず ももん はれい あ」
頬を染めたシェムラムが高坂を仰ぎ言った。高坂は小望月を見ながら、明日には満月かも知れませんね、と答えた後、硬直する。

「・・・ま いらくさ さは しむに ひろのぶ おぷ」
僕のオプは博信だけ。

シェムラムが「家族」を知るのはいつになるだろうか。
身体の芯が熱くなるのを感じながら、高坂はこれから背負う背徳と罪悪を、受け入れた。

© 2008 Haruno All Rights Reserved.

bottom of page