バスタブ
溺れる野獣
1
永井十夜(ながいとうや)はそのしなやかで均整の取れた身体を高さ10メートルの飛び込み台から落下させた。狂いなく宙を舞う肉体。ノースプラッシュ、飛沫一つ上げない美しい入水。完璧な十夜の演技に、周りの人間は感嘆する。ざぶと水から顔を出した十夜に、コーチが感極まった様子で言った。
「オリンピック、頑張れよ!」
十夜は黒豹の異名を持つ、飛び込み競技のオリンピック日本代表選手だ。
「あの、永井君」
十夜はゆっくりと声の主を見た。日に焼けていない綺麗な肌、凛々しい眉、艶のある黒い髪、切れ長の二重の瞳、女子生徒が騒ぎたてる精悍な容貌に見つめられ、宮澤梓(みやざわあずさ)は緊張していた。
「・・・なんだ?委員長」
梓は十夜の獣のような眼差しに捕らえられ、恐怖に手元の書類をぎゅっと握った。その様子はさながら、獰猛な肉食獣と震える小動物。梓が、十夜の静かだが圧倒的な存在感に苦手意識を持ち始めたのはいつだっただろうか。
昔、小学生だった頃、二人は一緒にいた。梓をいじめる同級生から幼なじみの十夜が梓を守っていたのであって、会話が弾むという仲だったわけではない。そんなだから、中学に進学し、梓がいじめられなくなると十夜は梓から離れた。十夜は少し不良めいた仲間とつるむようになり、梓も静かな仲間と日々を過ごした。名前で呼び合うことも、自然となくなっていた。
十夜も梓も高い学力があり、地元で一番偏差値の高いこの高校に入学したのは必然だった。
2
十夜は梓からプリントを渡された。生白く細い腕に、昔と変わらないと懐古する。小さな顔や、見るからに華奢な身体、愛らしい瞳、睫毛、唇。梓は変わらない。
「昨日、永井君休んでたから・・・。皆にこのプリントは配ってあって、今度のHRで・・・」
じっと、十夜は喋る梓を見つめた。視線が絡んだ瞬間の梓の瞳に、怯えの色が滲む。十夜は気づいたが、気にしない振りをしてプリントに視線を落とした。不機嫌は隠し切れていない。梓は敏感に感じ取って、どうして怒らせてしまったのだろうと更に怯えの色を強くする。十夜は、撤回だと心の中で苦笑した。梓の自分を見る目は、昔と同じではない。それを見て心を荒らしている自分に呆れる。十夜は自分の気持ちに気づいていた。梓が愛しくて堪らない。
荒れた心は、煙草でも女でもなく飛び込みで鎮めた。水の一部になる瞬間が、十夜の精神を癒す。
「ねぇ、なんで委員長は永井君のこと怖がってるの?」
会誌を作る作業の途中で副委員の梶原沙織(かじわらさおり)が梓に言った。身長が170センチもあり、すらりとして、緩く巻いた髪が上品な美少女。能力があり、気立ても良い。梓は沙織の隣で、自分の小ささを知らしめられる。黙ってしまった梓に、沙織は言う。
「ごめん、委員長。なんか変なこと聞いたかな、あたし。・・・永井君、いい人そうに見えるけど、優しい委員長が永井君を嫌いみたいだから、なんでかなって・・・実は、今度、告白しようと思ってて、だから・・・」
恥じらうように頬を染めた沙織に、梓はつきりと胸を傷めた。梓を困惑が襲う。
3
どうして自分は永井十夜に恐怖するのだろう。梓は一日頭を捻った。
昔は好きだったのにと梓は思う。自分は十夜に守られていた。小学生の十夜は一匹狼で、梓は仲間外れでいじめられの羊だった。十夜は大人びていて、教師からも一目置かれていた。梓と十夜は幼なじみだったから、梓は十夜と帰宅を共にしたりしていた。梓は寡黙な十夜にくっついていた。いじめは、靴が汚されたりするもので、十夜がいつもさりげなくフォローしてくれていた。四年の時に、いじめのリーダー格の生徒が梓を殴った。暴力を奮われたのは、それが初めてだった。十夜は一言、汚れた手で梓に触るなと、それだけ言った。いじめは、なくなった。十夜は優しい。梓は十夜に静かに甘えて過ごしていた。
中学ではほとんど話すらしなくなってしまった。十夜が身長を伸ばしたのに対して、梓は伸び悩んで成長期が終わった。梓は筋肉もつかなかった。幼児体型はコンプレックスでしかない。
高校では苗字すら呼ばれなくなった。委員長の肩書で認識される。
怖いのは、自分を見つめる瞳だと梓は思う。軽蔑や侮蔑の類ではない、食べられてしまいそうな瞳。舐めるような瞳。
不意に、沙織を思い出した。告白すると言っていた。お似合いの二人だと梓は思う。
4
委員会で帰りが遅くなった梓は、電車の窓の外を見た。真っ暗な夜。電車を降りると世界が満月の優しい明かりで煌々としていた。よく帰りに十夜と一緒に歩いた近道があったことを思い出す。誰も知らないような苔の生い茂る道。途中で広くなった道に綺麗な涌き水の湖があった。今まで何故かすっかり忘れていた。凄く懐かしい気持ちになって、梓は電車を降り大通りを行く人の波を離れて、脇道に入って行った。
道は昔と変わっていなかった。梓は月明かりに照らされる幻想的な森のような道を歩いて行く。不意に、後ろでがさがさと音がした。自分の他にも誰かが来ていると思った時、道は広がり視界が開けた。右手には美しい湖がある。
「っ」
誰かに押し倒される。小太りのサラリーマン風の男だった。小柄な梓は地面に押さえつけられていた。はぁはぁと荒く生臭い息を吐いている男に、梓は恐怖した。
「カワイイと思ってつけてきたら、こんな細い誰も来ないような道に入るんだもん・・・」
君が悪いんだよ?と肉のせいで極端に細い眼が更に細められた。梓は震えてろくな抵抗もできずにいた。
「うわぁ・・・君ってば、白くてスベスベだね・・・」
ワイシャツをめくりあげられる。
「ピンクだ!」
男が鼻息を荒くする。現れた乳首に指が触れた。
「やだ!や、助けて・・・」
梓が涙目をぎゅっとつむった時、うめき声を上げて男が梓から離れた。
「と、や・・・」
男を蹴りつける見知った制服姿があった。
5
ぐぇっぎゃぁと男が蛙の鳴くような音を発する。はっと我に帰った梓は、地面にうずくまる男を蹴りつける十夜に後ろから抱き着いた。十夜が中学から纏い始めた塩素の匂いが梓の鼻を抜けた。
「と、や、とぅやっ、もうやめて・・・」
男はよろよろと立ち上がり逃げて行く。
背中に抱き着いたまま、梓はどうしていいかわからずにいた。名前を呼んでしまったことも、恥ずかしく感じられる。
「ぁ、の・・・永井君、ありがとう・・・」
背中から離れた。
「痛・・・っ」
地面に背を打つ。十夜に組み敷かれていた。
「ながいくん・・・?」
不安げな梓の瞳。十夜は甘い匂いのする首筋に顔を埋めた。肌をきつく吸う。梓にこれから起こることを知らしめるには十分だった。梓の瞳がじわりと濡れる。
「いゃぁ・・・」
十夜の固い胸板を押して抵抗するが、華奢な梓の力ではびくともしない。それどころか、両手首を十夜の左手で頭上に拘束されてしまった。十夜の右手が器用に梓のズボンとパンツを脱がせる。下半身をあらわにされて、梓はどうしてと混乱した。
「ながぃく・・・やめて・・・」
かたかたと震える。十夜は黙ったまま、月に照らされた梓の顔を見つめた。乱暴に唇を奪う。
6
口の中を十夜の肉厚の舌が蹂躙する。はふはふと息継ぎをしながら、梓は肌を桃色にした。腰が、ぞくぞくしている。色の薄い性器はキスだけで勃起していた。意識が朦朧とする。
「ちゅ、ふ・・・ん、ン・・・はふっ・・・ぁ・・・」
名残惜しそうな声が漏れたことに、梓は耳まで赤くなった。十夜の右手が性器にのびて、息を呑む。何をされようとしているのか思い出す。ふとももをきつく閉じているが、性器をいじる十夜には関係なく、梓はたちまち追い詰められた。
「ゃめて・・・ゃぁんっ、しちゃだめ、ひぅ・・・こしゅらなぃで・・・らめっ、らめぇ、でちゃぅ・・・」
甘い声で鳴き、力無く首を振る梓。十夜が右手の動きを速めた。
「ぁ、ぁあっ、ゃっ・・・んン」
ぴくぴくと震えて、いやらしい液を十夜の手にかけた。抜いていなかった梓の精液は、多くて粘ついていた。
「・・・はぅ・・・」
くったりと筋肉をたゆませる。ふとももからも力が抜けた。十夜は梓の足の間に身体を入れる。無抵抗な梓の柔らかく白い足を開いて、濡れる右手で蕾に触れた。周りをなぞって中指を入れる。異物感に梓の眉が眉間に寄った。
「ん・・・」
ぬるぬるをアナルに塗りつけながら、中を探る。
「・・・ひゃぁんっ」
ある一点をかすめると、梓の身体が淫靡な痙攣を起こした。
「ゃんっ、やっ・・・そこ、しないでぇ」
いやらしく身体をくねらせた梓は、十夜の激しい欲情を煽った。
7
十夜はいきり立った性器をズボンの前立てから取り出した。くちゅと先端を宛がわれて、梓は不安に瞳を揺らす。
「ふぇ・・・な、に・・・?」
無知なる瞳。十夜の美貌を庇護欲をかきたてるような愛らしさで見つめる。十夜は梓の目尻にキスをして、腰を進めた。十夜は冷静さを欠いていた。犯されようとしていた愛しい人。梓の可愛さは人一倍自分がよく知っていると思いながら、今まで他人を全く警戒していなかった自分に気づかされた。いつまでも梓が純潔でいられるとは限らないと思った瞬間、頭を過ぎったのは欲望だった。誰よりも先に梓を手にいれなければと囁きが聞こえていた。
「いや、いやぁ・・・っ」
梓が啜り泣くのさえ、今の十夜には甘美な音色だった。指で前立腺をいじられ、勃起していた筈の梓の性器は萎えてしまっている。小さな蕾に、めりめりと亀頭を、竿を埋めていく。
「いたぃの・・・っ、やめて、ひくっ、ひ、ン、ゃぁっ・・・」
全て埋め終えた時、梓の蕾が切れていなかったのはほとんど奇跡だった。
「はっ・・・」
十夜なりに神経を使った。額から汗が流れる。梓は啜り泣いていた。
「梓・・・」
うるうると潤む瞳が十夜を見つめた。睫毛には涙の粒が光る。十夜は薄く開いた桃色の唇にキスをした。
8
「いやぁ・・・っ、おちんちんぬいて、ぬぃてぇっ・・・っ」
ぼろぼろと涙が梓の頬を伝う。必死な梓は淫猥な叫びが十夜を興奮させていることに気づかない。ぎちぎちの蕾。ぎこちない動き。梓は痛みに泣いていた。梓と耳元で名前を呼ぶ十夜の低く甘い声。
「ぁぁあんっ」
大分思い通りの腰使いができるようになった十夜が、前立腺を性器の亀頭でえぐった。梓を激しい快感が襲う。一度捕らえた後、十夜は散々そこを攻めた。
「ぁん、やらぁっ、ぁぁんっ、や、やぁあんっ、とぅや、らめぇ・・・」
ひくんひくんと愛らしく震えている。梓の性器は勃起し、露を零した。
「はぁあんっ、ぁ、ぁ、とうや、とぅやぁっ、ぐりぐり、や、ぁ、ぁ、ひにゃぁんっ」
「梓、梓・・・好きだ・・・」
覆いかぶさる獣を、梓はとろとろと今にもとろけそうな表情で見つめた。ぎらりと輝く瞳はやはり舐めるように梓を見ている。だけど、怖くない。梓はこの美しい獣が自分を欲していたのだと知った。
苔の香りの中で、十夜と梓は激しく交わる。四つん這いにさせた梓を穿つ十夜。それはさながら獣の交尾のようだった。
「ぁんっ、あん、ひぁぁ・・・」
ずちゅんずちゅんと蕾を掻き回される。十夜はきゅうきゅうと締めつけられて、梓の絶頂の近いことを知る。
「ぁ・・・ぃくぅっ・・・とぅゃぁ・・・」
白いお尻を揺らす梓。二人は一緒に果てた。
9
十夜は梓を家に連れ帰った。梓の家に電話をすると、梓の母親はしきりに十夜を懐かしんでいた。風呂で身体を清めて、疲れた身体をベッドに沈めた。
梓が十夜にくっつく。よく考えると、昔はいつもこうだった。十夜に優しく髪を撫でられる。リズムは変わらないが、掌は大きい。いじめられては泣いていた梓に、十夜は気にするなとよく頭を撫でた。
「さっきは、済まなかった」
梓は十夜の顔を見た。少し前までは恐怖しか感じなかった瞳がある。自分に対する深い熱を孕んでいたのだと知った。自分がわけもわからず怯えていたのは十夜の獰猛な愛だった。
「とうや・・・」
しなやかな筋肉のある十夜の身体に抱き着いて甘える。梓は大胆な自分に激しくどきどきしながら、十夜の胸に顔を埋める。
「・・・また、昔みたいに、一緒にいてくれるの?」
「昔みたいに?」
訝しむような声色に、梓はぱっと十夜の顔を見る。苦笑している十夜。
「昔みたいに、俺はただの幼なじみなのか?」
梓はふるふると首を振った。
「俺の恋人になって欲しい」
真剣な瞳の十夜を見つめ、頬を桃色に染めて頷いた梓。十夜はその甘い唇を貪った。熱い吐息が漏れる。
しなやかな野獣は、愛しさに溺れている。