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石と葡萄



病を患い、寝台から出ることのできなくなった父は急激に老いていった。最後には脳を侵され、私や母のことも忘れた。そんな父の心に残り続けたものがある。息子や妻、国のことを忘れても、王が唯一忘れなかったもの。美味なる葡萄酒。

ミニエラ国の王であった私の父が最後まで欲していたものは、アムソルの葡萄酒だった。

父がアムソルの葡萄酒が飲みたいとうわ言のように独言する度、私は忘れようにも忘れられない、あの芳しい葡萄の香りを思い出した。


アムソルはミニエラから遠く離れた小さな国だ。私は3年前に一度だけ、成人の祝いにと父に連れられて訪れたことがある。最高の葡萄酒を飲ませたいのだと父は私に言った。聞けば、父は年に一度忍んでアムソルを訪れていたらしい。

アムソルは、大陸の外れにある。人々は衣食住を自給自足して暮らしており、交易は行っていないが、よく隣のカヴァル国の者がアムソルの酒場を利用するということだった。

私と父がアムソルを訪れた日、アムソルの人々は収穫した葡萄を搾汁していた。大人から子どもまで、楽しげに素足で樽の中の葡萄を踏んでいた。私はその中の、ある子どもに目を奪われた。美しい小さな子ども。柔らかに渦を巻く髪は、少し緑がかって見えるプラチナブロンド。瞳は紫をしている。
「メシー」
父が手を振る。私の視線を釘付けにしていた子どもがこちらを見て、樽の外の男に何事かを言った。男は子どもの召使だったようで、子どもの足を布で丁寧に拭った。父が靴を履く子どもの方へと向かう。私はその後に続いた。
「宝石売りさん、こんにちは」
子どもが言う。なるほど、と私は思った。今日もこうして身分を隠し忍んでこの地へやって来ていたが、父は今まで宝石売りに擬態していたようだ。
「メシー、こんにちは。暫く振りだね。こんなに大きくなって・・・。美味しい葡萄酒を頂きに来たよ」
父の言葉に、子どもは嬉しそうに微笑む。
「そちらはの方は?」
紫の瞳が私を見た。淡い髪の色とは対象的な、深く濃い、しかし澄んだ色。意思と、知性を感じさせる。
「ルビーだよ。私の息子だ」
私の正式な名はルビウスだ。宝石のルビーに関わりのある名だということもあり、幼い頃の愛称はルビーだった。しかし、今はもう私をルビーと呼ぶ者は誰もいない。父がわざと本名を隠したのだと判断し、甘んじる。
「ルビーさん、初めまして。僕はアメシストと言います。この国の第5王子です」
子どもの名も、宝石に関わりのある名。そして、子どもに相応しい名だと思われた。その紫の宝石は、ある神話がために葡萄酒石とも呼ばれる。
「初めまして、アメシスト王子。お目見えできて光栄です。・・・その名は、宝石のアメジストに由来しているのですか?」
アメシストは頷いて、私を見上げた。
「はい。でも、僕は瞳だけです。・・・あなたは本当に、ルビーのよう」
ミニエラの国の者は髪と目の色が一致している。生まれた子どもには、その色と同じ色をした宝石を与え、その宝石に関わる名をつけるのが習わしだった。私の髪も目も、赤い色をしている。父は黄色のトパーズを、母は青色のサファイアを与えられていた。親と子は色を共有しない。




アムソルの宮殿に案内され、応接間に通された。
「お帰り、私の可愛い5番目のラクス。お客様をこちらへ」
アメシストが私達を椅子へと導く。正面に座っているのは、アムソルの王。アメシストと同じ髪の色、質をしている。
「お久しぶりです、ボトムス」
父が言った。ミニエラで王族の為に加工された宝飾品を見せる。2人は慣れた様子で宝飾品と葡萄酒とを取引した。

宝石売りとして、父はアムソルの王と大層懇意にしていたのが見て取れた。王宮の人々との夕餉と、王宮の一室での一泊を、当たり前のように王より賜る。翌日の朝まで、父と私はそれぞれ与えられた部屋で過ごすことになった。湯殿を借り、寝台に横になると、誰かが部屋の戸を叩いた。戸を開ける。アメシストがいた。
「父がルビーさんにも寝酒を、と」
両手で葡萄酒の瓶を抱いている姿が可愛らしい。
「有り難く頂戴致します」
夕餉の席で口にしたが、アムソルの葡萄酒は、果実味が強くとろりと濃厚で甘味が強い。極上の葡萄酒と言えた。受け取ろうとした私に、アメシストが瓶を強く抱きしめる。不思議に思ったのも束の間、アメシストは言った。
「僕が、お注ぎします」


寝台に腰をかける。アメシストが瓶を傾けた。グラスに、濃い紫の液体が満ちていく。
「王子、ラクスとは何ですか?」
何を話そうかと考えて、私は気になっていたことを聞いた。
「王宮の言葉で、元々の意味は一粒の葡萄です。ボトムスは葡萄の房の意味です。だから、ラクスは王の子を、ボトムスは王を表します。王族を、アンぺロスと言います。これは、葡萄の樹を意味します」
「王宮の言葉」
アメシストが頷く。
「今は王宮にしか残らない、異国の言葉です。言い伝えによると僕の先祖は、アムソルの貧しい土壌に適した植物、葡萄をもたらした異国の人々だったそうです」
「その髪は、権威者の証なのですね。・・・王子の瞳の色は、」
アメシストの父や母、兄や姉も皆、優美な渦を巻く緑がかったプラチナブロンドをしていた。しかし、瞳の色が紫なのは、アメシストだけだった。アメシストが俯く。
「・・・葡萄酒のように美しい。私に、よく見せて頂けますか?」
驚いたように、アメシストが顔を上げた。長い睫毛に縁どられた鮮やかな瞳が、私を見る。プラチナの睫毛に飾られたアメジストの瞳は、少し潤んでいた。
「・・・葡萄酒の神であるバッカスが、気まぐれで美しい乙女アメシストに虎をけしかけそうです。それを見ていた女神ダイアナが、アメシストを純白の石に変えて逃れさせた。我に返り自らの行為を恥じたバッカスが葡萄酒をその石に注ぎ罪を詫びると、石は美しい紫色の宝石になった」
アメシストが瞬きをする。
「アメジストに纏わるミニエラの神話です。ミニエラでは、アメジストを身に付ければ酒に酔わないと言われています。・・・王子はきっと葡萄酒の神に愛されている」
こんなに饒舌になったのは久しぶりだった。上質な葡萄酒に酔ってしまったのか。アメシストの額に口づける。
「寝酒をありがとう。おやすみなさい、王子」
アメシストが私に抱きついた。
「おやすみなさい・・・」


アメシストの白いうなじから、芳しい葡萄の香りがした。




アムソルは平和ですが、閉鎖的な国です。父は、極稀に訪れる旅商人を懇意にすることはありますが、国として他国と関わることは極力避けていました。これは、歴代のボトルスの政策を引き継いでいます。


隣国カヴァルの兵士達が、連日のように僕の国アムソルの救護施設に運ばれてきていました。今、カヴァルはファルネという国と戦争をしています。アムソルはカヴァルが戦争をする際、できるだけの援助をすることを約束していました。そのかわり、カヴァルは軍を持たないアムソルを守ってくれます。カヴァルは強い軍隊を持っています。いつも、戦争は長引かない。今までこの大陸の外れを侵略しようとする国は、カヴァルの前に数日で撤退しました。

しかし、今回のファルネとの戦争は違っていました。ファルネは様々な国の犯罪者が集まった土地でここ数年で興った国だと言われています。犯罪者の楽園と呼ばれ、国の人々は誰も働きません。他の国を暴力で従わせることで、その国の人々は生きています。いくつもの国を呑み込んで大きくなった凶悪なファルネに、カヴァルは苦戦し、勝機が見えないと兵士達は絶望しました。

カヴァルが侵略されればそのまま、なし崩しにアムソルも侵略されるのは想像に易い。カヴァルの兵士の死者はおびただしい数になっていました。アムソル人とカヴァル人とが混ざって賑わう酒場は、なくなってしまう。そして、王族も国民も総出で地を耕し、実を収穫するアムソルがなくなってしまう。カヴァル人もアムソル人も、父も母も兄も姉も僕も、殺されてしまう。眠れませんでした。


「国王、ミニエラからの使者と申す者が。お通ししますか」
通されたのは、もう3年会っていない宝石売りさんを思わせる、黄色の髪と目をもった男の人でした。
「ミニエラの王から、アムソルの王に通達致します。第5王子をミニエラに引き渡すことを条件に、ミニエラはアムソルとカヴァルに加勢致します」



数日後、僕はミニエラの地に立っていました。
「ようこそミニエラへ、アメシスト王子。私はミニエラの王より貴方の世話を命じられました、カーライスと申します」
王宮で僕を迎えたのは、青緑色の髪と目をもった男の人でした。部屋に通され、少ない荷物を運び込みます。
「王様にご挨拶を・・・」
王はいません、とカーライスさんが言いました。
「使者が馬車よりも先にアムソルの国が条件を呑んだことを王に知らせておりましたので、軍を率いて戦地カヴァルへと赴きました」
「王様が、戦地へ?」
「ええ。先代の王はそうではなかったのですが、現王のルビウス様は自ら総帥として前線にお立ちになられます」
武闘に長けていらっしゃるので、とカーライスさんは微笑みます。ルビウス王は、一体どんな人なのだろう。




部屋には湯殿も備え付けられています。僕は与えられた王宮の一室から出ることを禁じられていました。家族とアムソル、カヴァルの人々が心配で食事も喉を通りません。窓からは大きな岩肌の山が見えます。カーライスさんが、これらの山々から宝石が採掘できるのだと教えてくれました。ミニエラの国は大きく、人も多い。交易も盛んなようで、アムソルとは全く異なっています。

15日が経って、王様が帰還したとミニエラの王宮に知らせが届きました。
「ご家族は全員ご無事だそうですよ、王子」
カーライスさんが僕に渡したのは、一本の葡萄酒の瓶と手紙。
「王が直々に賜ったようです。葡萄酒の樽もいくつか頂いたそうですし、今晩のミニエラは宴ですね」
手紙を読んでいると、涙が出ました。



「ん・・・は、ぅ・・・」
久し振りにぐっすり眠れると思っていたのに、僕は目を覚ます。暗がりの中に、眠る前はなかった燭台がありました。3つの大きな蝋燭に、炎が灯っています。僕に覆い被さる、誰か。大きな右手が僕の頬と唇を撫でていました。
「・・・ルビー、さん・・・?」
忘れもしない、赤い髪と瞳。僕を慰めて下さった、優しい人。端整な顔が薄く笑いました。
「・・・私の真名は、ルビウスだ。アメシスト王子」
「・・・・・・おう、さま・・・」
アムソルを救った理由が知りたい。でも何よりもまず、僕はミニエラの王に感謝を伝えたかった。王は宴の主役だから、今晩は会えないだろうとカーライスさんは仰いました。王が自らいらして下さるなんて、誰が予想しただろう。
「王様、このたび、は、」
顔が近づきました。唇を唇に塞がれます。ぬるりとして熱い舌が、僕の唇を割りました。
「ん、ちゅ・・・んむ・・・ちゅく、ふ・・・ぅ・・・」
くちゅくちゅと舌が擦り合わせられます。王様の手が、ショーツの中に入りました。
「ぁ、ぁ・・・」
身体が震えて、じわりと涙が滲みます。アムソルの国を救って下さったミニエラの王に、僕は逆らえない。10歳の男の僕でも王がそれを望むなら、抵抗してはならない。僕は今、なぜ自分がここにいるのかを知りました。


「ぁ、ふ・・・くふ、ん・・・ひゃぁ、ぁ・・・っ」
王様が僕の首元に顔を埋めて、僕のおちんちんを触っています。固くなって震えているおちんちんは、先っぽから汁が出ていました。大きな手に擦られて、僕は腰がびくびくするのを止められません。
「ひぁ、ぅ・・・?」
熱い何かが僕のおちんちんに擦りつけられました。
「ぁ・・・」
一国の王子として屈辱的な立場にあるということを、まざまざと思い知らされます。僕は、性奴隷、王の欲望の捌け口。顔が熱い。涙が流れました。




私は、あの芳しい葡萄の匂いを腕の中に抱いていた。
「ぁぁ、ぅ・・・はぁん、ぁっ、ひぁぁ・・・っ」
小さなまだ無毛の性器に、勃起した自らの性器を擦りつける。ぽろぽろと涙するアメシスト。刺激が強すぎるのか、ずっとひくついている。
「・・・ひ、ぁ、でちゃ、でちゃぁ・・・んん・・・っ」
痙攣し、皮を被ったままの性器からぴゅくぴゅくと温かい精液を吐き出した。射精の快感に、いやらしく腰を捩る。
「ん、ん・・・・・・っ」
アメシストの腹に飛んだ精液を指に取り、固い蕾に忍ばせた。蝋燭の灯りに照らされて輝く紫の宝石が、私を見る。明らかに、怯えていた。一瞬の逡巡。観念するかのように、その美しい瞳は伏せられた。賢い王子。さぞや屈辱的なことだろう。大国から自国を守ろうと必死なのだ。私は、その心を利用する。



「っ、ひぅ・・・ふ・・・ん・・・」
泣くまいと耐えていたようだったが、私の性器が埋まる頃にはすすり泣いていた。カーライスに用意させた薬も使いできる限り丁寧に解したからか、切れはしなかった。
「・・・泣くな」
頬に手を伸ばす。涙目がぎゅっと閉じられて、雫が流れた。苦笑する。叩かれるとでも思ったのか。異物を受け入れたのだ、苦しそうな表情を咎める気はなかった。だが、言ったところでアメシストの怯えは消せないだろう。思えば、泣くなと言うのも無理な話だ。
「悪かった。泣いてもいい」
柔らかな頬を撫でる。おずおずと瞼があげられ、宝石がその姿を現した。潤んだそれは、3年前と変わらない。綺麗だ、と思わず口にしていた。今まで見たどの宝石よりも、美しい。


ゆっくりと性器を引く。無理矢理に受け入れさせたアナルは、少しずつ異物の出入りに慣れつつあるように思われた。
「っ、は・・・」
吸いつくような感覚に、息を吐く。再び納めた。私の体液が混ざり泡立ち始めた薬が、縁に溜まる。薬を指で取り、皮から覗くピンク色の肉、アメシストの性器の先端にくりくりと擦りつけてやった。
「ぁん、ぁ、ぁっ、ふ、くぅん・・・」
気持ち良さそうに震える。小さな唇からは甘やかな吐息が漏れていた。薬を塗り込みながら、優しく皮を剥く。
「ふぇ、はぁぁぁん・・・っ」
にゅち、と先端が出た。蜜を溢す小さな孔を中心にくちゅくちゅと指を回す。
「ひゃぁ、ぁ、ぁ・・・っ・・・ぅゅ、ぅ・・・」
腰をくねらせ、アメシストは射精した。私は、びゅっ、びゅっと精を吹く小さな肉の感触を手で弄びながら、快楽に蕩ける表情を眺める。私の性器を締めつけ揉みこむように、アナルが蠢いた。堪らない。
「ひぅ、ふ・・・・・・・は、ん・・・」
アメシストの唇から垂れる涎を舐め、口づける。痙攣する舌を吸い、しゃぶる。指で解した際に見つけた前立腺を意識して、性器で柔らかなアナルを抉った。




ルビウス様に毎晩のように抱かれて、僕の感覚はおかしくなっていました。いけない事だと思うのに、受け入れています。
「ぁ、ぁ、きゃふ・・・っおちんち、らめ、らめぇ・・・りゅびうしゅ、しゃまぁ・・・はなして・・・」
王様の顔に跨っておちんちんを舐められているなんて、ミニエラに来た当時の僕なら卒倒していたかも知れません。最初の頃は絶対に口にすることのなかった抵抗の言葉も、するりと出てきます。王様は僕に痛いことや酷いことはしません。だからでしょうか。僕は王様に、ある種の信頼を寄せていました。今も、放して、と言いながら、放してもらえないことを知っているし、放して欲しくないとも思っている。僕の声は自分でも驚くほどに甘えを含んでいます。そして王様は、それがわかっているようでした。
「でゅ、でゆの・・・はなしてぇ・・・」
嘘。僕は王様のお口でくちゅくちゅされながら、いっぱい精液を出したいと思っていました。腰が痙攣します。
「はぅぅ・・・りゅびぅしゅしゃま・・・」
ほっぺたはずっと熱くて、目は潤んで何も見えません。王様の熱いお口だけが、僕の全てでした。
「ひぅ、ん、はぁぁぁあん・・・!」
お腹がきゅんとして、おちんちんから精液が出ます。王様の喉が動く感覚がしました。ごくん、と音がして、ちゅ、と吸われます。おちんちんが放されました。少し身体が浮いて、次の瞬間には天上が見える。
「アメシスト・・・」
僕をベッドに組み敷いた王様が、低い声で名前を呼びました。気持ち良さに震える僕は、たくさんのキスを受けます。お尻におちんちんが宛がわれて、吐息が漏れました。先っぽだけが入って、止まります。大きくて逞しい身体に押さえつけられているので、僕は自分では動けません。
「ふぇ・・・・ゃぁ、ゃ・・・じゅぽじゅぽ、してくだしゃぃ・・・」
涙が出ました。欲しくて、我慢なんかできない。自分からいけない事を懇願する僕は、きっと醜くてあさましい。一国の王子のあるべき振る舞いとはかけ離れています。

でも、と僕は思いました。

王様と性行為をするためにだけに存在する今の僕は、王子なのでしょうか。

「ぁ・・・ぉちんち、はぃゅの・・・おく、ぉくまで、きてぇ・・・」
ゆっくりと肉を押し広げて入ってくる熱に、息が上がる。王様はいつも僕の中を確かめてから、じゅぽじゅぽしてくれます。僕は期待に胸を震わせて、王様の首に腕を回しました。僕の首筋に、王様が強く吸いつきます。消えてはつけられる、王様の所有印、奴隷の証でした。

僕は王子などではなく、奴隷なのです。

奴隷が与えられる快感を貪り、もっと欲しいと望む心に、抗う必要があるでしょうか。




アメシストは私に従順だ。逆らうことはない。今では快楽を受け入れ能動的な姿態を見せるまでになっていた。
「ぁぁ、ん・・・きもち・・・きもちぃ・・・」
私の腰に跨る白い裸体。結合部からはくちゅくちゅと卑猥な音がする。涙で潤む瞳に口づけると、ふるりと震えた。小さな声で私を呼ぶ。色づく頬を撫でた。


湯浴みさせたばかりのしっとりとした身体を抱き込む。アメシストが香油で身体を磨いているのを見たことはない。ミニエラに来て1ヶ月が経とうとしている。それにも関わらず、滑らかな肌からは依然として芳しい葡萄の香りが匂い立っていた。私はアメシストの首筋に鼻を寄せる。
「・・・ルビウス様は、どうしてアムソルを救って下さったのですか?」
アメシストが問うた。
「ファルネが年々勢力を強めていたからだ。そして、あの国の王は交渉に応じない。人間的な関わり方ができない。いずれは、我が国の脅威になり得た」
アメシストの美しい紫の瞳が私を見つめている。
「カヴァルを襲ったと聞いた時、今こそがその時だと思った。いつかは退治する相手を倒すことで、アムソルに恩を売ることができる」
どうして、とアメシストは言った。
「僕の国には、葡萄酒しか誇れるものはありません」
自然と私は笑っていた。
「私が欲しかったのは葡萄酒ではない。宝石商に扮して訪れたあの時に出会った、香り高い一粒の葡萄。長い間、ずっと忘れられなかった」
「ひとつぶの、ぶどう・・・」
考えているアメシストに口づける。
「ボトムスのラクスは、今、私のラクスだ」
小さな耳に吹き込んだ。

最初は、珍しい宝石を手に入れる感覚だった。柔らかで芳しい香りの抱き心地の良い葡萄の宝石。3年間、機会を伺っていた。手に入れさえすれば私の心は満たされるものと思っていたが、違っていた。



朝日が差す。眠っているアメシストの寝顔を暫く眺め、ベッドから出た。着替える。鍵を出した。アメシストを監禁しているこの部屋は、私が子どもの頃に使っていたものだ。宮殿から抜け出す私を閉じ込めるために、外から鍵をかけることができるようになっている。
「・・・神話集」
不意に、懐かしいものが目に入った。アメシストが読んでいたのだろう。ミニエラを含む地域の言語とアムソルを含む地域の言語の2冊の神話集が開かれていた。同じ物語の本が複数冊ずつあり、どれも異なる言語で記されている。これを使い、王族は他国の言語を学ぶ。



会議を終えた私は席を立った。午後は軍の訓練がある。
「では、失礼します」
「ルビウス王」
ある大臣が私を呼び止めた。
「王、ついにお妃を娶るおつもりなのですか?近頃は後宮への出入りもされていないとお聞きします」
大臣達がこちらを見ている。私の気持ちは決まっていた。




部屋から出ることができない僕は、読書をして過ごします。部屋にはアムソルの文字で書かれた本があって、僕にも読むことができる。対になるように同じ挿絵の、同じ内容だと思われるミニエラの文字で書かれた本もあります。僕は時々ミニエラの文字で書かれた本を見ながら、対応する単語を探します。王様が、いつ僕という奴隷に飽きてもおかしくありません。突然王宮を追放されるかも知れない僕。話せなくても、筆談できれば。

物語を一つ読み終わり、ページをめくると、大きな見出しがありました。今読んでいる神話集は神様毎に物語が纏められていて、見出しは神様の名前です。バッカス、とありました。どこかで聞いたことがあると思いながら一つ目の物語を読む。

宝石商の振りをしていた王様が、僕に話してくれたあの神話でした。


「朝食をお持ちしました。・・・どうして泣いているのです?」
カーライスさんが僕を見る。僕は俯きました。涙を拭う。カーライスさんは僕を、王が外交の為に人質にしていると思っています。王様と僕が毎晩、どんないやらしいことをしているか、知らない。
「王子、王宮の今日のニュースを教えて差し上げましょうか」
明るい声で、話を変えてくれたのでしょう。俯いたままの僕に、カーライスさんが微笑みかけてくれている気配があります。カーライスさんは知らないから「ただ閉じ込められているだけの可哀そうな王子」に優しくして下さる。それでも、ミニエラで一人ぼっちの僕とってその優しさは掛け替えのないものでした。顔を上げると、カーライスさんの綺麗な笑顔がありました。
「今日の会議の最後に、王様の熱愛が発覚しまして。お相手は、子どもの生めない身体の女性だそうですよ。お世継ぎはどうするのですか、と大臣に聞かれて、次の王位継承者は弟だろう、なんて仰ったそうです。王様の弟君は、王様が戦に出ている間国を任せられているだけあってしっかりしていらっしゃいます」
まだ成人していらっしゃらない若君ですが見込みは十分なんです、と作戦の計画を教えてくれる悪戯っ子のようにたっぷりの茶目っ気で教えてくれます。僕はそれどころではありませんでした。

正式に王様の寵愛を受ける、お妃様。性奴隷の僕はお払い箱でしょうか。
僕は、涙を堪えました。国へ帰れるかも知れないという期待への喜びからではありません。王様に捨てられたくないという悲しみ。僕は、奴隷の分際でお妃様に嫉妬していました。


カーライスさんが不意に、懐かしい、と言いました。神話集を見ています。
「この物語だけ、酒の神の名がバッカスではなくディオニュソスなのです。王子は、なぜかわかりますか?」

葡萄酒の神ディオニュソスは、最高の葡萄酒を作る男に加護を与えていました。男の作った葡萄酒に、特別な力をもたせたのです。男の葡萄酒を飲んだ人間は、男の願った通りに動きます。そんな中、一人だけ、男の葡萄酒を飲んでも男の願った通りに動かない人間がいました。男は葡萄酒の神に問います。「何故あの人には葡萄酒が効かないのですか」神は答えて言いました。「あの人間は、かつて私が作った石を持っている」

僕は驚きました。ディオニュソスは、アムソルの葡萄酒の神です。アムソル人が異国の客人にたっぷりと葡萄酒を振る舞う習慣は、この神話が発祥だと考えれば筋が通る。心臓が早鐘を打っています。黙ったままの僕に、カーライスさんが言いました。
「これは異国の地の神話だそうです。この本の編者の学者によると、ミニエラで言う酒の神バッカスが、その国ではディオニュソスと呼ばれているらしいのです」
僕が知らなかっただけで、きっとこの神話は、アムソルのもの。




鍵を開ける。アメシストが葡萄酒の瓶を両腕に抱いて立っていた。ミニエラの葡萄酒。カーライスに頼んだのだと言う。


いつかのように寝台に座っていた。アメシストが注いでくれた葡萄酒を飲む。
「・・・るびうすさま」
アメシストが伸びあがり、私にぎゅっと抱きついた。何かあったのだろうか。今日はいつもと随分様子が違っている。葡萄酒を飲んでいるからか、アメシストから匂う葡萄の香りも心なしか強い気がした。
「ぼくをすきになって・・・」
吐息混じりの震える声に、下半身がずくりと熱を孕んだ。これは夢か。高鳴る動悸に、息を吐く。アメシストの口からこんな言葉を聞けるとは思いもしていなかった。小さな身体は震えている。首筋に僅かに触れている睫毛が、涙に濡れているのを感じた。うなじにキスをして、私は鍵を手に取る。アメシストに握らせた。
「るびうす、さま・・・?」
アメシストが私から離れて手を見る。
「いつ渡そうかと迷っていた。この部屋の鍵だ。・・・部屋を出る時は必ず鍵をかけて、」
ぼろ、と美しい紫の瞳から、大粒の涙が流れた。そんなにも嬉しかったのか。狭い部屋に閉じ込めていたことへの罪の意識が、私の胸を締めつける。鍵と一緒に渡そうと思っていたものを取り出すと、アメシストは目を見開いた。
「あめじすとのうでわ・・・」
アメジストを埋め込んだ、プラチナの装飾品。正確には腕輪ではなく足輪、アンクレットだった。アメシストは青ざめ、震えている。足枷の一種とも取れる装身具を、奴隷の証だと考えたのか。しかし、小さな唇は拒絶の言葉ではなく、ごめんなさいを繰り返している。どう考えても、おかしい。理由を問う。アメシストは嗚咽を漏らして答えた。
「ぼく、るびうすさまを、ぶどうしゅでいいなりにしようと・・・すきになってくださいなんて、みのほどしらずなこと、ぃって・・・」
葡萄酒で、言いなり。
「・・・まさか、神話か?」
だから、アメジストの装飾品に反応した。アメジストを持つ人間の前で、葡萄酒は効力をもたない。頷いたアメシストを、私は強く抱き締めた。
「神に頼らずとも、私の気持ちは既にアメシストのものだ」
好きだと告げる。アメシストは嘘、と言った。
「王様には、お妃さまがいるのでしょう?」
「妃?」
関係を勘違いされるような女性、思い当たる人物はいない。
「・・・カーライスさんが教えてくださいました。今日の会議で、王様は大切な人がいると仰ったと。・・・ルビウス様?」
成る程。合点がいき、私は笑っていた。
「ああ、言った。・・・子どもの産めない身体の大切な人がいると」
妃などとは言っていない。囁いてやる。アメシストが私を見上げた。
「私は、その者が女であるなどとは、一言も言っていない」



寝台に座るアメシストの前に跪く。細い足首にアンクレットを施した。奴隷が身につけるのであれば美し過ぎる、枷のない足輪。私の名が彫られている。アメシストが私のものであることを示していた。ミニエラとて、不法な者の出入りは絶えない。気休めにしかならないかも知れないが、アメシストを守るだろう。
「・・・私から去らないでくれ」
私は、白い足の甲に口づけた。


大きく広げさせた足を舐め、中心を口に含む。しゃら、とアンクレットから垂れる金属の装飾が鳴った。
「ふ、ぅ・・・ぁ、ぁ・・・ん、ぉちんち、でゆ・・・ぅ」
視界の端で、足首が痙攣しながら艶かしく伸びているのを見る。精を飲み干した私は、震える愛しい身体を見下ろした。
「りゅびぅしゅ、しゃま・・・」
身悶え、潤む宝石。目眩がするような強い葡萄の香りを放つ。私は無防備に開かれた小さな唇を、できるだけ優しく食んだ。

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