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花を愛でる



「青葉君、嬉しそうだけど、今日何かあるのかい?」
用務員の市橋に問われ、花滋青葉(はなしげあおば)は小さく頷いた。水のたっぷり入ったじょうろを、持ち直す。
小学5年生の青葉は植物が好きで、晴れの日のお昼休みは学校の花壇へ来るのが日課だった。ガーデニング用のホースで散水する市橋の横で、自らも水やりを手伝うのだ。青葉は、水を浴びて潤う美しい植物を間近で見ることのできるこの時間を大切にしていた。そして、そんな青葉にはもう一つ、何物にも代えがたい大切な時間がある。
青葉は市橋を見上げた。
「今日は僕の家に、甘露寺さんが来てくれる日なんです」
ほんのりと朱に染まる青葉の頬。初老の用務員は、そうか今日なのかと自分の事のように喜んだ。


授業を終えクラスの友達に別れを告げた青葉は、ランドセルを背に帰路を急いだ。今日、青葉の家「フラワーショップ花滋」に甘露寺文嵩(かんろじふみたか)が来る。

家に着いた青葉。玄関に文嵩の下駄を見つけ、ランドセルを背負ったまま客間へ向かった。緊張しながらも襖を開ける。
「あら、早かったわね。お帰りなさい」
座敷には、湯飲みにお茶を注ぐ母と。
「お帰り、青葉」
穏やかに笑む青年。青葉の憧れの人がいた。少し癖のある艶やかな黒髪。黒縁眼鏡の奥の瞳は、優しく青葉を見つめている。
「文君、会いたかった」
「ああ、俺もだ。・・・4ヶ月ぶりか?」
横に座った青葉の頭を撫でる。青葉はくすぐったそうに笑った。
「文嵩君、アレンジお願いしていいかしら」
青葉の母が言う。文嵩は頷いて、立ち上がる。青葉は小さく文嵩の着物の袖を引いた。
「見ててもいい?」
お決まりのやり取りだった。文嵩が微笑む。
「もちろん」




店の商品である切り花を一通り眺め、文嵩は電卓を片手に目ぼしい花を底に水を張った一つのバケツに入れていく。バケツの中は、花に葉に枝や実で充実していた。
「いっぱい・・・」
驚く青葉に文嵩は苦笑した。
「ごめん。店が寂しくならないようにはしてるつもりだけど」
青葉は首を振る。
「ちが・・・っ。文君が作るアレンジ好きだから、いっぱい見れたら嬉しい」
「・・・青葉は俺のアレンジメント好き?」
真剣に聞いた文嵩に、青葉はこくこくと頷く。それに、文嵩の作ったアレンジはすぐに全て売れるのだ。赤字になることはまずない。ずっと見ていたいと思うのに、売れていく。

蕾、花ともに愛嬌ある豊かな丸みのもの、薄絹を重ねたような清楚な花弁のもの。様々な形、色の花がある。枝が描く優美なラインや鮮やかな葉の緑を活かしながら、水をたっぷり吸った小振りなオアシスに挿していく。アレンジメントフラワーと呼ばれるものだ。「真・副・控」のもとに、花によって空間に静及び動の美を造る生け花とはまた違う。生命力に溢れ匂い立つ花々を、濃い密度で閉じ込める。

文嵩の手がそれを生み出すのを、青葉は見つめていた。


甘露寺は華道の名家だ。25歳の文嵩は、現在の家元の弟にあたる。華道家としてはもちろん、フラワーデザイナーとしても多くの作品を発表し、精力的に活動している。

物心がついた頃から、青葉は文嵩を知っていた。花屋を営む花滋へ偶に来て、母の頼みを受けアレンジを作って行く彼。特に不思議に思ったことはなかった。文嵩がテレビの教養番組に出演しているのを偶然に見て初めて、青葉は彼が特殊な人物なのだと知った。文嵩は、花滋へはプライベートで訪ねていた。


青葉は、自分が文嵩にとってどのような存在であるかを知らない。




嫌に良く聞こえると感じた瞬間、それは始まる。次第に煩くなる心臓の音。続くようにして吐き気と目眩が襲った。重くなる呼吸。心配そうに自分を呼ぶ声が切れ切れに途絶えていく中、視界が段々と仄暗くなる。


目を覚ませば「主治医」がそこにいた。呆れたようにこちらを見ている彼と目が合う。文嵩は大きく息を吐いて、瞼を閉じた。自分に対する苛立ちをぐっと抑えて、彼、精神科の医者に言う。
「・・・すみません」
何度目か分からない、形だけの謝罪だった。重い溜め息の後、医者は言うのだ。聞き飽きたよ、と。


数ヶ月前に、文嵩の兄が家元を襲名した。父が急死したからだ。文嵩は高校を卒業し、大学の入学式を間近に控えている。

文嵩は花を生けることができなくなった。剣山の入った器を前にすると意識を失う。

父の死に対する悲しみ故か、兄の家元襲名に対する妬み故か。両方かも知れない。文嵩自身、わからなかった。

父を尊敬していた。父の生ける花を美しいと思い、目標にしていた。そんな父は、自分を認めてくれる数少ない人間のうちの一人だった。兄もそうだ。文嵩にとって7歳年上の兄は目標であり良き理解者だと言えた。甘露寺の長子としての華道術に加え、人徳もある兄。いずれは、父に代わり兄が家元を襲名するであろうことは理解していた。自分ではない。納得していた。

それなのに、と文嵩は思う。今の自分の状態は何だ。まるで、兄の襲名に反感を持っているとでも言うような、華道への拒否反応。兄に、顔向けできない。


そして、それ以上に、この問が文嵩の心を締め付けるのだ。

自分はこの先ずっと、花を生けられないままなのか。




文嵩は地元の大学に入学した。努力家の彼に、この優秀な大学は合っていると言えた。勉学に励む。依然として花を生けることはできないままだった。以前は興味のあった、様々な流派の者が集まっていると謳う華道サークルには見学にも行っていない。



「参ったな。また失敗だ」
医者が言う。文嵩は使うことのできなかった花を見つめた。
「生け花に拘らなくてもいいんじゃないかね?」
文嵩は小さく、花が、と呟いて口をつぐんだ。思案する。
「・・・花が、じゃないな」
視線を上げた。真剣な瞳が医者を見る。花も好きだが、それ以上に。
「花を生けることが好きなんです」
甘露寺に生まれたが、長子でない文嵩にその道を期待する者は少なかった。誰に言われたわけでもない。花を生ける父と兄の姿に憧れ、幼い文嵩は自分の意志で生け花を始めた。決して嬉しいことばかりではなかったが、花々の美しい姿を造り出した瞬間のあの背筋の伸びる感覚を知れば、辞めることなど到底できなかった。諦められそうにない。



「文、ちょっといいか?」
兄の声に、文嵩は返事をした。襖が開けられる。黒い髪を刈り上げた大人の男だ。個展に見合いにと忙しい文嵩の兄。会うのは久しぶりだった。花を生けられなくなったことを秘密にしている文嵩は、気を引き締めた。大学はどうだ、と聞かれ、あたりざわりなく答える。
「サークルには入ったのか?」
「めぼしいサークルがなくて、入らないことに」
それを聞いて彼は、助かったと言った。
「急で悪いが、明日から花滋さんのところでアルバイトをして欲しい」
花滋とは初代家元の代から付き合いがある花屋だ。甘露寺の屋敷からは電車で一駅の所にある。


文嵩は花滋の夫婦のことを幼い頃から知っていた。甘露寺は花滋を贔屓にしている。代々、甘露寺の家元が直々に商談にあたっていた。電車の中で、最後に夫婦に会ったのは父の葬儀だろうか、と文嵩は考える。

老舗だが、店舗は綺麗だ。木の香りが漂うようなお洒落な佇まいをしている。チェーン店ではなく、個人経営だが、この一帯で一番立派な花屋と言えた。文嵩は扉を開け、中に入る。
「文嵩君いらっしゃい。来てくれてありがとう」
にこり、微笑む女性。文嵩は頭を下げる。
「よろしくお願いします」




身構えていた文嵩だが、頼まれた仕事は花とは関係なく、子守りだった。花滋夫婦の一人息子である4歳の青葉を保育園から連れ帰り、店の閉店時間まで相手をする。それだけだ。雇っていた家政婦が、急に辞めてしまったのだと言う。

文嵩は青葉と本を読んだ。青葉のお気に入りの植物の図鑑だ。子ども向けの簡単な図鑑だったから、文嵩はその花々の自らが知る図鑑にはない知識も話して聞かせた。晴れた日には、図鑑に記載されている植物を探しに散歩に出掛けた。青葉は文嵩によくなついた。



講義前、文嵩は同じ学部の友人と一緒に参考書を買うため書店へ行った。購入する参考書をさっさと決め終え、図鑑のコーナーへ入る。
「あ、いたいた。甘露寺、何見てんの?図鑑?」
友人は不思議そうに問うた。文嵩は写真が美しく大きい、背の厚い植物図鑑を手に取る。
「それを買うのか?高そうだが」
別の友人はそう言って眉を寄せた。
「昨日給料日だったから懐は温かい」
文嵩は笑う。青葉は喜んでくれるだろうか。


講義の後、文嵩は保育園へ向かった。
「あらあら、文嵩君」
花壇の花に肥料を与えている園長先生。趣味はガーデニングだと言う彼女は、園の花壇を大切にしている。側には数人の子どもがいた。青葉は大抵この中にいる。挨拶をして、文嵩は青葉の姿を探した。
「青葉くん、いないのかしら。おかしいわ。さっきまでそこにいたのに」
「あおばくんならひろくんにつれてかれたよ?」
園長先生の言葉を受けた女の子が言う。
「ひろくん?」
文嵩の問いに園長先生が答えた。
「ひろ君はいつも何かと青葉君に構う子で・・・年長さんなんですけど・・・」
どんっと文嵩の足に何かがぶつかる。青葉がしがみついていた。
「青葉」
文嵩は青葉を抱き上げる。青葉は泣いていた。手の甲で涙を拭ってやる。
「どうして泣いているんだ?」
嗚咽を漏らし震える背中を撫でながら、聞いた。


泣き止んだ青葉を抱き抱えて、文嵩は奥の花壇へと入っていく。短く切られた花々が地面に散らばっていた。
「ひろくんが、あおばのまえで、ちぎったの・・・」




文嵩は、大丈夫と青葉に言い聞かせた。青葉を地面に降ろして、手折られた花を拾う。
「園長先生、園芸用のはさみはお持ちですか?」
園長先生はエプロンのポケットからはさみを出し、文嵩に渡した。文嵩は慣れた手つきで潰れてしまっている茎を切り落とす。
「青葉、何か入れ物に水を張って、」
くい、と手を引かれた。来て、とまだ目元の赤い青葉が楽しそうに言う。

連れて来られた場所は保育園の室内だった。
「先生、青葉君の考えてること分かっちゃったのよねぇ」
園長先生が茶目っ気たっぷりに言う。
「これが必要でしょう?」
青葉は頷いて、何やら緑の固いスポンジのような物を受け取った。小振りな四角い陶器も用意されている。青葉は緑のスポンジを水に浸し、陶器に嵌め込んだ。
「ここにおはなをさすの」
青葉は文嵩を見上げて言う。


「まぁ綺麗・・・。文嵩君、凄く上手」
惚れ惚れとした様子で、それを眺める園長先生。青葉も、食い入るようにうっとりとそれを見つめていた。そのきらきらと光る瞳を文嵩に移した青葉は、途端に表情を曇らせる。眉根を寄せて、瞳を潤ませた。
「ふみくん、どうしてないてるの?」
文嵩は青葉を抱き寄せる。嬉しくて泣いているのだと教えれば、青葉は安心して愛らしく笑んだ。



「憑き物が落ちるとはまさにこの事らしい」
医者は感心したように文嵩の作品をしげしげと眺めた。しっかりと剣山に生けられた花々は、凛とした美しさを見せている。
「聞いた話から考察すれば、生け花に拘らなくても、という私のアドバイスは当たらずも遠からず」
文嵩は頷いた。
「アレンジメントもある。生け花だけではないと身をもって知ったあの瞬間、楽になった気がしました」
聞きながら、うんうんと医者が頷く。
「・・・じゃあ、もし生け花もアレンジメントもできなくなったら?」
悪戯っぽく言った医者に、庭師にでもなりましょうか、と文嵩は微笑んで答えた。
「実は造園にも興味があるんです」
医者は声を上げて笑う。
「その時は是非、私の家の庭も頼むよ」




最後のアレンジメントを作り終え、できあがった全てを青葉と一緒に店頭に出した。白い薔薇とグリーンのリシアンサス、クレマチスの蔓と葉を使ったアレンジメントの前でじっとしている青葉。
「青葉?」
青葉の横に立つ。青葉は文嵩を見上げた。
「・・・今日文君が作ったのの中で、これが一番好きなの」
すぐに売れてしまうから見ておきたいのだと青葉は言う。
「おいで」
文嵩が青葉の手を引いた。座敷に戻る。自分の鞄を開いて、中から木箱を出した。花滋に来る前に仕事の関係で寄った陶芸家がくれた、ぐい飲みが入っている。
「偶然にも、ここに器がある。・・・白薔薇もリシアンサスもクレマチスの蔓もこの器を飾る分なら十分に残っているし・・・そこにあるのはゴミ箱行きの半端なオアシスだ」
ぱぁっと青葉が顔を輝かせた。文嵩は苦笑する。
「ぐい飲みだからミニチュアにしかならないけど、それでいいなら」


店を閉めた青葉の母が座敷に入ると、2人は雑誌を読んでいた。花情報が中心の季刊誌だ。自身もこの雑誌に作品を提供している文嵩は、関係者に届く見本品を青葉に与えていた。青葉の母が読んだ後、それらは全て青葉の本棚の中段、昔文嵩に貰った図鑑の隣に並ぶ。
「あら、最新刊?文嵩君、本当にいつもごめんなさいね」
いえ、と文嵩は改まった。
「いつも好きにお店の花を使わせて頂いているのに、これくらいしかできなくて申し訳ないくらいです」
青葉の父が市場で仕入れてくる花々は鮮度が良く、種類も多い。花滋は、文嵩にとって重要な試作の場となっていた。
「こっちは素敵なアレンジメントを作って貰えて逆に感謝してるのに」
お客様に誰の作品か言えないのが凄くストレスだけど、と冗談で文嵩を責める。文嵩は青葉の母に頭が上がらない。いつも力になってくれている。
文嵩は時計を見た。まだ帰ってやることがある。
「すみません、もう帰らなくては」
支度を整えた。
「帰っちゃやだ、文君・・・」
青葉がぎゅっと抱きつく。文嵩は笑って、青葉の柔らかな髪を撫でた。
「また来る」
花滋は試作の場であるだけではない。ここには、青葉がいる。




早朝、たくさんの花を積んだ様々な花屋のワゴン車が道を進んでいく。その全てが、ある洋館を目指していた。その内の一台は、花滋のロゴが入った白いワゴン車。父の運転する店の車の助手席に座った青葉は、どきどきと胸を高鳴らせていた。


「お早うございます」
父の後に続いて館の中に入ってすぐ、青葉はラフな服装をした文嵩に会った。
「文嵩君おはよう。それにしても凄い館だ」
青葉の父が言う。甘露寺が花滋へ大規模な発注を依頼することは珍しいことではなかったが、日本らしい和様の屋敷へ配達することが殆どだった。格式高い荘厳な洋館の、その内部の絢爛な様に圧倒される。

この館は、国の正式な社交場として建てられた。バロック様式を取り入れており、その姿は豪奢にして大胆。完成したのはつい先日のことであり、今日、最も注目を集めている場所の一つと言えた。今晩、この館に世界各地の著名人が集まり、親睦会が執り行われることになっている。
国内の有名なフローリストが多数館の装飾の為に駆り出されていた。一部を除き、大中小のホールや客室、化粧室までフローリスト達が分担して装飾を施す。最高のパフォーマンスを提供するために、フローリストそれぞれが自ら花を用意することになっていた。文嵩を含む全てのフローリストが、贔屓にしている花屋と事前の打ち合わせを済ませてこの場に臨んでいる。


文嵩は中ホールを任されていた。青葉の父、手の空いている会場運営のスタッフがワゴン車から花をホールへ運び込む。青葉も微力ながら手伝った。
「これで全部です」
最後のバケツを運び込んだスタッフが言う。既にアレンジメントを作り始めていた文嵩は手を止めてスタッフに謝意を述べた。もう帰るの?と父に聞いた青葉を手招きする。
「青葉さえ良ければ、俺とここで一晩泊まらないか?」
3階の客室は全て今日活躍したフローリストの控え室になっており、一晩の宿泊が許可されている。またとない申し出に、青葉は嬉しくて頬を薔薇色に染めた。こくこくと首を縦に振る。父を振り返った。青葉の父は苦笑している。
「豪邸で一夜とは羨ましいぞ青葉。くれぐれも文嵩君に迷惑をかけないようにな」




会場運営のスタッフも、青葉の父も帰り、ホールには文嵩と青葉、数種の白い薔薇が残った。

文嵩は、華やかな白い薔薇とその伸びた蔓と茎、青々と繁る葉を生かしいくつもの美しい造形物を生み出していく。アレンジメントやブーケなど様々な形を利用した。茎が浸かる水を入れた器など人工物は全て見えないようにし、それらを意匠の凝らされた黒檀の家具や味気のない白塗りの壁に飾っていく。まるで家具や壁から芽吹き自生しているようにも見えた。

作業を終え、文嵩は点検を始める。今までずっと文嵩の手元に見とれていた青葉だったが、部屋を見回して、そこに一つの大きな飾り気のない窓があることに気づいた。窓は館の裏庭に面しており、美しい白い薔薇の花園が見える。花園が部屋にも及んでいるような錯覚に、感動を覚えた。
「文君、すごい・・・」
文嵩を仰ぐ。愛らしい瞳は尊敬と思慕を表していた。
「・・・もし青葉に会わなかったら、俺は今ここにいなかった」
唐突な言葉に青葉は困惑する。身に覚えもない。文嵩は一本の白い薔薇を短く切って、青葉の髪に飾った。青葉の前に跪く。
「青葉は俺のミューズだ」
花の美しさを引き出すこと、それ自体に他とは代えられない価値がある。昔から変わらず文嵩の中に強く根づくものだ。だが今は、花の美しさを引き出した先に青葉の存在がある。花は文嵩の中でもう一つの価値を持つようになっていた。
「みゅーず・・・?」
頷き、青葉の手を取りその甲に恭しく口づける文嵩。
「っ・・・」
青葉は身体の芯が熱を持ったような感覚に、瞳を潤ませた。俯く。
「・・・作品を作る時、俺は青葉の喜ぶ姿を想像する」
頬に文嵩の手が触れた。青葉は震える。好きだ、と言う声を聞いた。顔を上げる。額に唇が落とされた。
「逃げるなら、今」
次はここに、と小さな桜色の唇を撫でる。


10

漸くキスから解放された時、青葉はすっかりとろけていた。文嵩は青葉を抱き上げ、控え室へ運ぶ。柔らかなベッドに下ろした。時計を見る。
「・・・・もうすぐ開場する時間だ。主催と来賓に挨拶をしてくる」
囁かれ、青葉は震えた。ベッドに身体を預け、潤む瞳でフォーマルなスーツに着替える文嵩を見ている。



部屋に戻った文嵩は上着を脱ぎネクタイを緩め、バスルームへ向かった。目当てのボトルを手にし、青葉を残した寝室へ足を進める。文嵩がドアノブに手を掛けるより早く、きぃと音を立てて目の前の寝室の扉は開いた。
「ふみくん、」
青葉が文嵩に抱きつく。おかえりなさい、と小さく言った。文嵩はベッドの脇のサイドテーブルの上の器に、青葉の髪に飾った白い薔薇が活けられているのを見る。


黒縁の眼鏡と空になったマッサージオイルのボトルが、白い薔薇の隣に置かれていた。
「ぁ・・・はぁぁあん・・・ぁ、んん・・・らめ・・・ん」
ぬちゅぬちゅと文嵩は青葉のオイルまみれの性器を優しく揉む。テーブルランプの柔らかい光が、くねる生白く未成熟な肢体を照らした。
「はひ、ぁ、おちんち、くゆ・・・・・・ふみく、らめぇ・・・ひあぁぁん」
びちゅっと精を吐き出す。初めての射精だった。余韻に腰を揺らめかせる。
「おちんち、から・・・しろい・・・」
股間を見た青葉はとろける思考で精液を認知した。
「精液・・・人間の種だ」
文嵩は青葉の膝の裏に手を掛けた。太ももの裏やお尻、まだ快楽に震えている性器を文嵩の眼前にさらけ出す格好に、青葉の頬が染まる。白い液をオイルに混ぜるように指にたっぷりと絡めて、文嵩は青葉のアナルに触れた。
「・・・ぼくに、ふみくんのたねをまくの・・・?」
おずおずと問う。頷いた文嵩に、青葉はぎゅっと抱きついた。


「ぁ、ぁあん、また、でゅ、ん、ひ、ん、ぁ、ぁ・・・はぅ、ん・・・」
ぶるりと震える。ぴちぴちと小さな性器が跳ねた。中で文嵩も射精する。
「ん、ぃっぱい、ふみくんの・・・」
青葉が恥ずかしそうに瞳を伏せた。文嵩は再び青葉の髪に白い薔薇を飾る。綺麗だ、と文嵩は思う。白く柔い肌に口づけた。

「薔薇すらも、かすむ」

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