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蝉蛻



急いで夕飯を食べ、制服のまま祖母に行ってきますと言った。家から飛び出した柳澤怜(やなぎさわれい)は、近くの公園へ向かう。目当ての木へと走った。大きな欅の木だ。塾の帰りに、この木の根元の穴に蝉の幼虫を見つけていた。幹を登り、幼虫は今や怜の膝の高さにいる。しゃがみ、見詰めた。蝉は殻を脱ごうと小さく身体を揺すっている。僅かに裂けた殻の隙間から、白い肉が見えていた。


涼しい夜風が吹いている。1時間以上、ただ見入っていた。尾の一部を殻の中に残し、蝉は殆ど脱皮している。仰向けに反り返ったまま、じっと動くことがない。玉のような黒い眼は、艶めいていた。
人気のない夜の公園は、虫達の鳴き声の他に音はない。怜は、近づく足音に振り返った。黒のスーツを着た背の高い男がこちらにやって来る。外灯に照らされる男の体格と容貌には、覚えがあった。
「宗吾・・・?」
釈宗吾(しゃくそうご)は2年前まで怜の世話役だった男だ。怜の父が亡くなり、祖母に引き取られてから会うことはなくなった。男は、怜の背後に立った。
「こないなとこに一人でおったらあかんよ」
育代さんも平和ボケしてしもて、とごちる。育代は怜の祖母の名だ。
「・・・どうしてここにいるの」
縁は切れた筈だった。
「昨日、お祖父さんが亡くならはりました」
そう、と呟いて、怜は蝉に視線を戻す。
「見てから帰る。いいでしょ?」
ええよ、と宗吾は言った。
「宗吾も見たらいいのに」
宗吾が諾としないのを怜は知っていた。自分の護衛をしていた頃と、同じ空気を纏っている。

蝉が、ゆっくりと仰向けから起き上がった。脱いだばかりの殻を掴み、縮れた翅をのばしていく。


宗吾の運転する黒のセダンは、夜の住宅街を静かに走った。後部座席に座った怜は自発的にシートベルトをする。躾けたのは、宗吾だ。車内の匂いを、懐かしいと思う。怜は瞳を閉じて、皮張りのシートに身を委ねた。




2年前、組同士の抗争で怜の父は死んだ。一人息子の死をきっかけに、組長だったの祖父と、その妻だった祖母は離婚した。その際、祖母は怜を連れ、組から離れた土地に移住した。怜の母は怜が3歳の時に病死してしまっているため、ずっと祖母が母親代わりだった。
怜は全てを受け入れていた。所有する不動産から得る潤沢な資金で、祖母は何不自由なく自分を養ってくれている。恵まれているのだと思った。父も母も既にこの世にはいないが、全くの不幸ではない。


宗吾は、祖父の遺産について相続放棄をして欲しいのだと怜に言った。正確には、祖母が怜の法定代理人として、代襲相続人となる未成年の怜の代わりに相続放棄の手続きをとるようにと、言った。
祖父は自身の愛人に全財産を譲ると遺言書を書いており、その愛人は怜の遺留分の請求権を消滅させることを望んでいるという。
「放棄しない」
祖母が申述書やその他の書類を確認している横で、怜は言った。祖母は驚いて、怜を見る。
「どうして。あの人に一体どんな財産があるって言うの?要らないわよ、怜。私がいくらでも出してあげるから」
「ありがとう、お祖母ちゃん。・・・宗吾と二人で話してきてもいい?」
自分には聞かせられない話なのかと心配する祖母を宥めて、怜は宗吾を二階へ案内した。


「相変わらず几帳面やね」
宗吾を自室に通し、怜は後ろ手に扉を閉める。一通り室内を眺めた宗吾は、壁に手を触れた。
「これ、防音にしてもろたん?」
かちゃりと鍵を掛け、怜は宗吾に掛け寄る。抱きついた。
「おねだりの仕方も変わらんね。僕は怜に甘々やけど、こればっかりはあかん。怜が放棄せぇへん言うたら、組の誰かが殺しに来るだけや。どんな手ぇ使てくるかわからんから、育代さんの命も危険や」
大きな手が、髪を撫でる。
「・・・そないなことはわかっとるし、遺産なんか別に欲しゅうないんやろ?」
怜は宗吾の硬い腹に額をつけたまま頷いた。
「つまり、言うこと聞かんと死んでやるいう脅しやね。ここで僕が、怜も育代さんも死んだらええねん言うたら、しれっと放棄するだけやろけど」
可愛い我儘やったら聞いてもええよ、と宗吾は静かに言う。
「多分、会うんはこれがホンマの最後や。・・・怜は僕に何して欲しいん?」
中学1年生の少年の悩みなど大したものではないだろうと宗吾は高を括っていた。
怜は人目を引く整った容姿だが、中性的で男らしさを感じさせない。背丈も父親の血は眠っているのか、年齢の割に低い方だ。物静かで言葉少なな、かつての怜のままであるなら、いじめでも受けているのかもしれない。
トラブルが何にせよ、手出しせぬよう釘を刺すくらい容易いと、宗吾は思う。




宗吾は29歳の時に組に入った。

寺の住職だった父が自殺し、叔父夫婦の養子になってから、弁護士である叔父の敷いたレールに沿って生きていた。高校を卒業して東京の大学の法学部へ進学し、司法試験に合格、司法修習を経て、叔父が経営する地元大阪の法律事務所へ就職した。順風満帆に思えたが、事務所は宗吾の就職後3年も経たずに廃業する。比較的大きな事務所だったが、依頼人に返還される資金が不足し呆気なく破産したのだ。叔父を含む出資者が、資金を不正に流用していたせいだった。

身の振り方を考えた時、大学時代の先輩がふと頭に浮かんだ。飄々とした自由人。文学部の変わり者。学部は違ったが音楽の趣味が合い、2年程サークルの中でバンドを組んでいた。彼なら何と言うだろうか。そう思い、連絡した。
彼がヤクザの組長の息子、それも後継者たる若頭だとは、この時宗吾は知らなかった。電話口で男は笑い、自分の組に来たら良い、と言った。

再び上京してから数ヵ月の記憶を、宗吾はあまり思い出すことができない。

組長も若頭も宗吾が法律の知識を有することを買ってはいたが、それを理由に特別に厚遇するようなことはなかった。
シノギをこなす中、訓練し身体を鍛えたことで若頭の命により怜の護衛につくことが度々あった。以来、怜の希望で世話役のようなこともした。怜は、宗吾の荒む心を癒した。
怜は男児であったが、その愛らしい容姿から組の者には影でお嬢と呼ばれていた。若頭は一般の構成員が怜に関わることを禁じており、蝶よ花よと育てられた幼い精神は、純真無垢だった。話すのは苦手なようで、宗吾はよく怜の言葉を待った。小学校の高学年になる頃には、その性質のためか、祖父や父の家業のためか、思慮深さに磨きがかかっていた。子どもらしい愚かさとは無縁、不用意な言葉を口にすることはない。


そんな怜も年月を経れば変わってしまうものなのか、と宗吾は思う。
「本気なん?僕の知っとる怜は、そんな阿保みたいなお願いせぇへんよ」
阿保でいいと呟いて、怜は顔を上げた。大きな黒い瞳は潤んでいる。
「壁、防音だから・・・」
大丈夫、と瞳を伏せた。




怜は祖母に相続を放棄すると伝えた。
「宗吾が詳しい手続きについては明日話したいって。今晩は僕の部屋に泊まってもらってもいい?」
安堵した様子の祖母は、勿論と微笑む。怜は祖母に、おやすみなさいと言った。


怜の部屋には入り口と別にもうひとつの扉がある。扉は、専用のトイレつきのユニットバスに繋がっている。シャワーを浴びて出てきた宗吾は、バスタオルを腰に巻いていた。怜はこくりと唾をのむ。恥ずかしくて、俯いたまま宗吾の脇を通り、脱衣所へ入った。扉を閉めたところで、へたり込んだ。ばくばくと激しく動悸する胸に、手をあてる。


「待たせて、ごめんなさい」
パジャマに着替えた怜はベッドに座る宗吾に謝った。手招きする宗吾に、怜もベッドに乗り上げる。
「ゲイなん?」
怜は頷いた。
「いつもここに男友達呼び込んでるん?」
驚いて眼を見開く。なんで、と思わず声が出た。身に覚えがなかった。宗吾がベッドの脇のチェストに手を掛ける。引き出しを引いた。封の空いたスキンの箱と、ローションを取り出す。
「ぁ・・・それは、ひとりで・・・、ひとりでするのに、」
恥ずかしさに、瞳が潤んだ。
「Lサイズって怜のとちゃうやろ?それとも、そこばっかり成長したん?」
怜は首を振る。チェストの別の引き出しを引き、奥へ手を入れた。箱を取り出し、開ける。シリコンの黒いディルドを見せた。
「これに、被せるの。ビデオ、思い出して買ったけど、・・・宗吾の、・・・これくらいかなって」
あってる?と上目使いに宗吾を見る。


組に入った宗吾の最初のシノギは、女衒だった。上客のために女を用意する。中には性的に調教された商品を望む者もいた。女に薬物を使用して欲しいというものや、調教の様子をビデオにして欲しいという依頼もあった。
今でこそ宗吾は出資や企業を使ったシノギをし、組でも上位の構成員だが、組に入った当初、組長の命令で若頭を手伝っていた頃は暗澹としていた。若頭は爽やかな見た目に反し、血生臭い猟奇的な仕事を好んだ。


「・・・見たん?」
こくりと怜が頷く。屋敷のパパの部屋で隠れて、と言った。最悪や、と宗吾は呟く。いつ、もしくは、いつからかとは、恐ろしくてとても聞けない。
「息づかいとか、時々映る身体で、宗吾だってわかった。パパとか、他の人のもあったけど、宗吾がよかった。・・・見てた頃は、何をしてるのかわからなかったけど」
今はわかってる、と言った。




怜は黙っている宗吾の膝に、向かい合うように座る。宗吾の切れ長の二重の瞳が見ていた。眼をつむり、宗吾の唇に自分の唇を重ねる。ビデオでは宗吾がキスをしているところは一度も見たことがなく、抵抗されるかと思ったが、柔らかい粘膜に触れた。少し吸うと、ちゅっと音がした。初めてのキスに感動して、怜は唇を離すことなく何度も吸った。
「宗吾、すき・・・」
たまらない気持ちで、宗吾の首元に顔を埋めた。肌の匂いがして、うっとりとする。
「あの世で何て言うたら、僕は若に許してもらえると思う?」
「パパは宗吾を許さないと思う。どう言っても、・・・しても、しなくても」
ごめんなさい、と口では謝るが、怜に悪びれる様子はない。宗吾は笑った。
「ええよ。・・・いうて僕、あの世なんか信じてないんやったわ」
怜の白い顎を取る。口づけた。唇を開かせ、舌で舌を撫でる。ゆっくりと吸っては舐めてやる。小さな水音をたてながら口内を犯し、パジャマの上着をはだけさせた。脇の下に手を差し入れ、親指で優しく乳首に触れる。ひくひくと腰を揺らした怜に、唇を離して問うた。
「乳首、好きなん?」
快楽にとろけた瞳が宗吾を見つめる。
「ぅん、すき、・・・ひゃ、ぅ」
右の乳首に唇をつける。ぷくりと膨らんだそれを吸い、垂れるほどの唾液を纏わせた舌で刺激する。
「きゃ、ぁ、ぁ、ひ、ひぅ、ちゅうちゅ、しちゃ、らめ、ぉちんち、でちゃ、でちゃぁ」
可愛い声で鳴く。いやらしく腰をくねらせた。
「ぁ、んん、っ・・・」
ぶるぶると震えて射精する。怜の閉じた瞳から涙が零れた。ふぅふぅと息をする唇を、宗吾が舐める。キスをされながら、抱き上げられた。


宗吾が勃起した性器にサックを被せる。怜はディルドより大きいそれに、こきゅ、と唾をのんだ。イったばかりの性器が膨らむ。宗吾に服を脱がせられた。
「そ、ご、」
手のひらにローションを垂らした宗吾が、怜の性器に触れる。くちゅくちゅと手に揉まれ、怜はまた腰をくねらせた。
「ゃ、ぁ、ぁ、ひぅ・・・」
「毛も生えてないんに、乳首とアナルは改発済みて、いやらし過ぎやろ」
性器を刺激しながら、宗吾はアナルにつぷりと指を入れる。
「ひ、ぁ、ごめ、なさ」
吸い付いて指を呑むので、親指をかけて広げてやった。ピンクの粘膜が艶めいている。
「じゅんび、できてるから、・・・おちんちん、入れて・・・」
うっとりと、言った。


長く太い性器がアナルを埋めている。怜は声も出せずに小さな口で息を継いで、腰を震わせた。ぴゅく、と幼い性器から精液が漏れる。
「入っとるだけなんに、またイったん?」
怜を見下ろす宗吾が笑う。白く柔らかな怜の下腹は、怜自身の体液にまみれていた。厳密には、入っているだけではない。ゆるく、ぐりぐりと奥を擦っていた。
怜の頬に手を添える。すべすべの肌を撫でると、掌と指に涙の跡を感じた。宗吾は、とろりと潤む瞳を覗き込んだ。
「見えとる?」
こくりと頷く。
「・・・もう満足したやろ。怜イきすぎやし、終いにしよや」
いやいやと首を振った怜が、僅かに腰を引く。小さな声で何か言うので、宗吾は耳を近づけた。
「ぱんぱ、ん、して」
すり、と頬擦りをして言う。


激しく肌を打つ音が鳴る。枕と掛け布団で腰を高くし、俯せの怜は宗吾に犯されていた。舌を噛まないようにと、タオルを口に含ませられている。
「可愛すぎ。・・・拐てしまいたいわ」
気持ち良くて、何も考えられない。怜はお尻を揺らした。




ぶくぶくと湯に大きな泡が立つ。宗吾はボタンを操作し、泡の出力を下げた。
「シャワー借りた時ラブホみたいな風呂やとは思たけど、ジャグジーバスとはえげつない」
宗吾の胸に背中を預け、怜は首までお湯につかる。夢心地だった。
「お祖母ちゃんの夢だったって。下のお風呂と同じ。2つセットにしたら安かったみたい」
「そもそも個室に風呂がえらいことやわ。防音も全部屋に完備しとん?」
怜の濡れる黒髪に触れた。
「防音なのは、僕の部屋だけ。ベースを弾くならって」
ふ、と頭上で笑う気配に、怜は振り返る。
「あんまり時間はないけど練習を続けてる。もう宗吾より上手いかも」
「・・・せやね。正直2年前の時点で技術は並んどったし」
優しい瞳だった。嘘、と少し怒って、怜は身体の向きを変える。宗吾と向かい合った。
「月に一回、教えに来て」
髪をかき上げる宗吾。困っている時の仕草だと、怜は知っている。
「育代さんも許さへんよ。今回は特別に家に入れてもろただけや」
宗吾は湯から上がった。


鞄に携帯している下着とジャージを着て、宗吾はバスタオル片手に怜の部屋のソファーに横になった。遅れて出てきた怜が近づく気配に、瞼を閉じて寝たふりをする。怜の泣きはらした目を見たくなかった。
「・・・パパと宗吾の音楽、パパが死んでから探したの。パパは何もないって言ってたけど、オークションサイトでCDを見つけた。1枚だけ、自主製作のミニアルバムを出したでしょ?落札済みのページの跡みたいなのはあったけど、出品されることは殆どなくて・・・。でも、3カ月くらい前に、音楽マニアのフォーラムのかなり古いスレッドで、音源をダウンロードできた」
怜がソファーの傍に座る。
「バンド名のcupoは、イタリア語。暗く、とか、陰気に、の意味。その通りの音楽だった。宗吾の声がした」
宗吾は上体を起こし、ソファーに浅く座った。
「トラック5の蝉蛻が一番好き。・・・寂しくて、きれい」
立ち上がり、泣いている怜を抱き上げる。ベッドに寝かせた。宗吾も横になる。怜は、すぐに眠ってしまった。
「おやすみ」
怜の額に口づける。宗吾も、瞼を閉じた。


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