バスタブ
転校生と第二科学室
1
セットされ、立てられた黒髪。耳に光るいくつもの銀のピアス。不良の溜まり場とされる高校の学ラン。端正な容貌、すらりとした長身。転校生の東雲京(しののめきょう)が教室を見渡しました。
「転校生の東雲京君です。皆仲良くするようにね。東雲君の席は窓際の最後尾よ」
先生は機転を利かせたのか、転校生からの一言は求めませんでした。東雲君はあからさまに、俺に構うなというオーラを纏っています。教室は、嫌に静かになりました。皆が少しぴりぴりしています。僕は、先生が彼の名を紹介する前から、彼の名を知っていました。一人、ふわふわするような感動を得ている僕。
僕、新垣皐(にいがきすすむ)は彼を、知っています。
前の学校も同じ教科書を使っていたようで、東雲君は授業中困ることもありません。近寄りがたい雰囲気はそのままだから、休み時間も一人。昼休み、彼は教室を出ていきました。
「やっべーよ、こわすぎる!あの学校の学ラン見るだけで俺・・・」
「別にお前個人は被害被ってねぇだろが。そういうの、市場のイドラって言うんだよ」
「あ~ん、眼福!スッゴクかっこいい!!」
「おい、止めとけ。マジで。東雲っつったら、佐古と八峨と3人であの不良高校を入学早々締めた奴じゃねぇかよ」
クラスメイト達は東雲君が出ていった瞬間にはじけました。僕は東雲君を追います。東雲君は迷うことなく、第二科学室に入っていきました。緊張しながらも、僕は科学室を開けました。
2
僕と東雲君は幼馴染みです。幼稚園、小学校とずっと一緒だったのに、両親の離婚で東雲君はお父さんに引き取られて転校してしまいました。どうして再びこの町に帰ってきたのかはわかりません。優しかった雰囲気がなくなって、昔は京ちゃんと呼んでいたのが、今はとてもそうは呼べない雰囲気がしていますが、僕は嬉しいです。
また、昔みたいに仲良くできたら。
「東雲君、・・・ぁの、僕、新垣皐。幼馴染みの・・・」
切れ長の二重の瞳が気だるそうに僕を見ました。
「・・・覚えてるぜ、皐」
変わってねぇな、と言って、東雲君の唇が弧を描く。僕は何だかどきどきしました。
「で、その皐クンが何か用?俺は一人になりたいんだが」
声も、凄く低くなった。足がすくむ。僕はただただ真っ赤になって首を振って、科学室を出ました。
昔みたいに仲良くするのは、無理かも知れない。殴られそうだとかそんなことじゃないのに、東雲君が怖い。何だかよくわからない気持ちのまま、僕は教室に戻りました。
「あ、皐どこ行ってたんだよ。加藤の従兄弟が東雲の高校と同じで、情報流れて来たぞ」
「何でも東雲はあんな高校でも滅茶苦茶勉強できて、喧嘩も最強。佐古と八峨っつーこれまた最強な奴らと学校締めてたらしいぜ」
「こわっ!あり得ねぇ」
皆が口々にはしゃいだように言います。
「東雲君はそういうこと、ここではしないと思う」
皆の不思議そうな視線も気にならない。どうしたら昔みたいに仲良くできるのか、そればかりが僕の頭を占めていました。
3
僕は鏡の中の自分を見つめました。小さくて、白い。それから、くるくるの黒い髪と黒い目。冴えない感じです。僕では今の東雲君の友達には相応しくない。
転校して一週間経っても、東雲君は誰とも仲良くしようとはしません。変わったことと言えば、制服が前の高校の学ランじゃなくて、この学校のブレザーになったこと位です。転校当初から先生達は東雲君のピアスや髪型、着崩した制服に強く注意をしませんでしたが、授業を重ねて東雲君の頭の良さが明らかになるにつれ、先生達は東雲君に何も言わなくなりました。
東雲君は、お昼にはクラスを離れ、第二科学室に行ってしまいます。僕は、東雲君と仲良くなることを半ば諦めていました。
「ちょ、東雲、帰るのかよ。今日は掃除当番だろ?」
肩に鞄をかけた東雲君は、加藤君の言葉に僕を見ました。
「俺の代わりに皐が掃除する。なぁ、皐?」
東雲君の言葉に加藤君がはぁ?と頓狂な声をあげます。東雲君は僕を見つめました。僕はどきどきします。頷きました。ただ都合よく使役されただけ。でも、東雲君が他の誰でもなく、僕を使った。馬鹿だとわかっていながらも、喜ぶ僕がいます。
「え、皐・・・何で」
箒を持った僕。加藤君の呟きはかきけされ、掃除が始まります。東雲君はもう、いませんでした。
4
僕が東雲君の代わりに掃除をすれば、取り敢えずその場は東雲君とクラスの皆の対立をなくせます。皆には、できるなら東雲君と対立したくない気持ちがある。正義感の強い加藤君は納得のいかない顔で箒を持つ僕を見るけれど、クラスの皆は僕が東雲君の代わりに掃除をすることを黙認しています。
「皐、どこ行くんだよ」
お昼を急いで食べて、席を立った僕に、加藤君が言いました。僕は、加藤君達と一緒にお昼を食べています。ちょっと、と濁して向かった先は第二科学室。
緊張しながら扉を開くと、東雲君が携帯を耳に当てて話をしていました。入ってきた僕をちらりと一瞥して、会話を続けます。出ていけと怒られるのを覚悟して、僕は東雲君から少し離れた席に座りました。
「そこは八峨に任せろ。・・・わかった。放課後な」
携帯のボタンを押して、東雲君が僕を見ました。
「・・・掃除が嫌になったのか?」
東雲君はどうやら僕が掃除を止めたいと言いにきたと思ったようでした。僕は首を振ります。自分でも、明確に何をしにここに来たのかはわかりませんでした。ただ、少し仲良くなれるのではないかと期待しているのは否めません。
不意に、喉が乾いた、と東雲君が言いました。財布から500円玉を取り出して、僕に投げます。丁度胸の辺りに飛んできたそれをキャッチしました。東雲君が言います。
「そこの自販機で何でもいいから二本買ってこい」
5
「皐、またかよ。いい加減どこ行ってんのか教えてくれたっていいだろ?」
苦笑する加藤君。この質問をはぐらかすのも何回目だろうか。
東雲君は科学室でご飯を食べた後、課題をします。時々、前の高校の友達と電話をする。電話をしている時、東雲君はたまに笑う。僕は電話の向こうの東雲君の友達が羨ましいです。
プリントに淀みなくペンを走らせる東雲君に、僕はお釣りとグレープとオレンジの二本のジュースを差し出しました。お釣りを受け取った東雲君は、グレープを選びます。
「手間賃だ。取っとけ」
東雲君はたまに僕に二本のジュースを買いに行かせます。使いっ走りになってジュースを買った後は、いつもそう言ってもう一本のジュースを僕にくれる。
科学室で、僕はじっと座っています。何を話していいかもわからないから、東雲君をただ見ています。だから会話はありません。この沈黙が嫌いじゃない僕は、科学室に通うことを止めようとは思いません。
「つまんなくねぇの?」
思いがけず東雲君に尋ねられて、僕は一瞬面食らいました。声を出せずに、首を振ります。
「・・・パシられるために来るくらい、幼馴染みっつーのはお前にとって特別なのか?」
理解に苦しむという顔で、東雲君は僕を見つめました。京ちゃんは、僕の特別です。頷きました。
「お前の知ってる京ちゃんはいねぇのに?」
僕は首を振ります。転校生としてクラスに入ってきた東雲君を、僕は京ちゃんと直ぐに結びつけられた。
「京ちゃん・・・」
呼ぶと、東雲君は一瞬、少し熱っぽい目で僕を見ました。チャイムが鳴ります。ふい、と視線は逸らされ、僕は科学室に残されました。
6
今日も科学室へ行く。東雲君から少し離れた席に座りました。机の上にはオレンジジュース。自分で買ったんだ、と残念に思う僕。
「・・・出てけ」
辞書を繰る東雲君は僕の方を見ずに、言いました。僕は座ったまま。
「聞こえねぇの?出てけっつったんだよ!」
語尾を荒らげる東雲君。僕は首を振りました。
「あ゙ぁ゙?」
僕の精一杯の反抗に東雲君は、がたっと席を立つ。だんっと化学式の書かれたポスターの貼ってある壁に押し付けられました。
「・・・出て行けと言った」
握られた腕が熱い。ついに東雲君を怒らせた。涙がでました。首を振ります。ここで引いたら、きっと二度と東雲君とは話しもできなくなる。そんな予感がしました。
「きょぅ、ん」
唇が塞がれています。ねろり、と熱い、舌。少し、オレンジの味。
「はふ・・・ん、んぅ」
ちゅくちゅくと音がします。気持ち良くて腰がじんじんしました。
「皐っ」
扉の方から、声。加藤君でした。僕の唇の端から垂れる唾液をゆっくりと舐め取って、東雲君が僕から離れます。僕を押さえつけていた腕がなくなって、僕はずるずると壁づたいに床にしゃがみこみます。腰が抜けていました。
「甘ったるい京ちゃんなんざ、もういねぇんだよ」
東雲君は吐き捨てるようにそう言って、科学室を出ていきます。
「皐、大丈夫か?」
加藤君が差し出してくれた手を取って、僕はぼんやりと頷きました。
7
「昼は毎日、この第二科学室で東雲と会ってたのか?」
僕は頷きます。加藤君が言葉を繋ぐのを遮って、初めて、と僕は短く言いました。
「泣くなよ」
加藤君は僕の頬を伝う涙を拭う。
失敗したのです。僕は大切なものを失いました。
あれから、加藤君は僕を心配して、ずっと側にいてくれています。東雲君は相変わらず、お昼に教室を出ていきます。多分、第二科学室。僕は以前にも増して、東雲君を目で追うことが多くなりました。東雲君は決して、僕を見ることはありません。
「皐」
放課後、加藤君の声に、僕はぼんやりとそちらを見ました。
「俺はあの日、科学室に行かなきゃ良かったのか?」
どうして?と僕。加藤君の言っていることがわからない。
「最近ずっと元気ないし、東雲のことばっかり見てるじゃないか」
それがどうして、加藤君が科学室に来なければ良かった理由になるのか、やはり僕にはわかりませんでした。
「東雲に押さえつけられて、キスされて泣いてたから、俺、助けたつもりだったけど、皐、東雲のことが好きなんだろ?」
っつーか、俺、痴話喧嘩に邪魔しに入った?と加藤君は申し訳なさそうに言います。
優しい京ちゃんはいなくて、不良な京ちゃんは僕に乱暴にキスをする。
塞がれた唇、熱い舌、じんじんする腰。
乱暴だけど、気持ちの良い、キス。
キス。
「甘ったるい京ちゃんなんざ、もういねぇんだよ」
8
お昼の第二科学室。
「・・・何しに来た?」
傍に立った僕に、東雲君は溜め息を吐きます。
「京ちゃんに、会いに・・・」
ちっと舌打ちが聞こえました。東雲君は目を閉じて、眉間に皺を寄せています。苛々しているのがよくわかる。
「だから、京ちゃんなんざいねぇ・・・っ」
言わせない。東雲君の唇を、今度は僕が奪いました。自分でやっておいて、顔が熱い。触れるのが、精一杯でした。
「・・・優しくしてくれなくても、京ちゃんは京ちゃんでしょ?」
突き放されても諦められない。ただ数年仲良くしていた幼馴染みにこんなに執着するなんて、変です。だけど、恋なら。
「京ちゃん、好き」
科学室の大きな机に背中をつけた僕を、京ちゃんが見下ろす。
「俺の何がいいんだ?皐の知る俺の名残なんか一つもないだろうに」
余程あの加藤の方が皐の知る昔の俺に近い、と京ちゃんは言う。そんなの、答えは簡単でした。自分自身が気づかなかっただけで、僕は昔からずっと、京ちゃんだけが好きだったから。そう言うと、京ちゃんが僕の目元を片手で覆いました。
「んだよ、それ・・・」
視界は真っ暗、呟きだけが聞こえます。
「京ちゃん?」
どうして目元を覆われているのか。何か訳があるのだと、じっとする僕は、この時京ちゃんの顔が真っ赤になっていることなんか知りませんでした。
9
僕の目を覆ったまま、京ちゃんが話をする。
「親父に連れられて引っ越して、中学に入っても皐のことが忘れられなかった。冷徹な親父も、そんな親父に離婚を申し出たお袋も恨んだ。引っ越し先で親父が勉強さえできればあとは何も言わないと言ったから、俺は周りの人間にも判るように典型的な不良を演じてやった」
俺は俺を使って親父の評価を下げることに腐心した、と京ちゃんは苦笑します。
「高校に入る頃にはすっかり不良が板についた。もう演じているとは思わなかった。そんな折に、親父が急死してお袋に引き取られた。お袋の言う学校をテキトーに受けたら、皐がいた」
どう接して良いのか全く分からなかった、と京ちゃんは言います。
「今だって、分からないままだ」
そう言った京ちゃん。僕は視界を遮る大きな手をどかします。京ちゃんの顔は歪んでいました。僕は京ちゃんの手を両手で取って、自分の頬に当てる。
「・・・京ちゃんの好きにして」
何をされたって、僕はきっと京ちゃんのことが好きなままです。京ちゃんの手が、頬を撫でました。僕はうっとりと目を細める。唇が食まれて、貪られるような乱暴なキス。
ブレザーを脱がされて、ワイシャツをたくしあげられました。乳首を、京ちゃんの指が撫でる。
「ひ、ぁ・・・」
くりくりと指先に刺激されて、しこっていきます。
「抱かせろ・・・」
耳に吹き込まれた台詞に真っ赤になりながら、僕はこくりと頷きました。
10
「ん、ちゅ・・・ぁ、ひぁぁ・・・」
キスをしながら、僕のお尻にペニスを出し入れする京ちゃん。最初は痛かったけど、今は気持ち良さが勝っています。
「は、・・・皐」
耳に京ちゃんの吐息がかかって、ぞくぞくしました。ぎゅっと首に手を回して、もっと、と腰を揺らす。
「きょぅちゃん、ぁ、ぅ、ぁぁん・・・!」
ずりゅ、と気持ち良いところを擦っていきます。
「エロい顔・・・」
京ちゃんが唇を舐めました。僕のペニスを手で扱きながら、執拗にそこばかりを攻め立てます。
「ひぃ、ぁ、だめ、きょぅちゃ、だめぇ・・・っぅ、ゃ、ぃっちゃう、」
上り詰める感覚に、はらはらと涙が溢れました。
「ぁひ・・・っ、はぁぁあん・・・」
びちゅ、と自分のお腹を汚します。ひくひくと余韻に震える僕の耳を、京ちゃんの声が犯しました。
「・・・俺は、皐に優しくしていた頃の自分に嫉妬した・・・」
ぎゅっと抱き締められて、京ちゃんと密着しました。
「きょぅちゃん・・・きょ、ちゃ・・・」
名前を呼んで、京ちゃんの首にキスをする。
「皐、好きだ・・・」
京ちゃんが、僕の中に溢れます。耳にかかる京ちゃんの熱い息が、僕を満たす。
京ちゃんが二本のジュースを差し出しました。僕は迷いなく、オレンジ味を京ちゃんの手元に残します。
「・・・オレンジは嫌いか?」
いつも避ける、と京ちゃんは不思議そうに言いました。僕はちょっと赤くなります。京ちゃんは、オレンジジュースを喉に流しました。
オレンジの味がするキスを待っているだなんて、恥ずかしくて言えません。